マントラの長、ゴズテンノウの支配下にある街――― イケブクロ。
力が全て、強さこそ正義。
その意思を象徴するかのように、林立する赤く燃えさかる炎は、眩い光と暗い影を落とす。
「まーた、裁判だってよ」
「今度はどんなヤツだぁ?」
「見たこともねぇ、細っこいガキだとよ」
「へっ、ガキがガキのお腹に入るってぇか?そいつぁいいや」
裁判場の下階でおこぼれを待ち構える幽鬼どもを見ながら、力を旨とする悪魔達は笑う。
「お、出てきたぞ」
「へえ、なかなかのカワイ子ちゃんじゃねぇか」
「あれだけベッピンなら、オスでも全然オッケーだぜぇ」
「惜しいなぁ。裁判の前にこっそり一発ヤッちまやぁ、良かった」
「トールは堅物だからな、そういう手が使えなくて困るぜ」
「賭けるか?オルトロスに喰われるか、ヤクシニーにクワれちゃうか?」
「ひひひ。その賭け のった!」
――― だが、その賭けは成立しなかった。
そのすぐ後、「見たことも無い細っこいガキ」が、その2体の悪魔のみならず、トールまでをも撃破し、
マントラ裁判始まって以来、初の「無罪判決」が出されたのだ。
◇◆◇
「お前は顔パスだってよ。運のいーやつ!」
そう捨て台詞を残して去る看守悪魔のランタンの炎が扉の向こうに消えるのを見送ると、
すぐにシュラは仲魔をつれて、回復の泉に向かった。
「皆、大丈夫?どっか痛くない?」
「大丈夫ですわ、主様」「ゼンゼンヘーキ」「心配無用」
仲魔が口々に元気な声を返すのを聞いて、シュラはホッとする。
「私達より、アンタが一番問題でしょ!どーして自分の回復を一番後回しにするのよ?!」
「あわわ、溺れるって!」
心配して憤る仲魔に無理やり泉につっこまれそうになって、シュラは苦笑いをした。
トウキョウ受胎後。
シンジュクからヨヨギ、シブヤ、そして大地下道を越え、このイケブクロに。
ここまでやってこられたのは自身の力のみではないことを、彼は誰よりも理解していた。
(この仲魔達が居なかったら、俺はとっくに死を選んでいただろうな)
仲魔を見る彼の瞳は、友人を見る暖かいもの。
(……まあ、この身体がそう簡単に死ねるかどうか、分からないけど)
そう思いつつ、彼は自らの手のひらをゆっくりと開いては閉じ開いては閉じを繰り返し、その身に光る緑のラインをぼんやりと眺めた。
不可思議な紋様を刻んだ身体、後頭部にある正体不明の突起物、そして謎のマガタマによって吐き出され、我が身に取り込まれる悪魔の力。
(俺は、一体「何」になったんだろう?そして「何」になっていくんだろう?)
多分、きっと、おそらく。
(心は前と変わってはいないのに)
でも。
(心は身体にひきずられる……って何かで読んだっけ)
いつか。
(本当の悪魔になるときが来るのかな)
ボヨーン!
突然、正面から跳んできたスダマにしたたかに顎を直撃され、シュラの頭の上に星が回る。
「ス、スダマ!何してるの!!もう、皆、スダマでキャッチボールしちゃダメだって!」
口では怒りながらも、シュラには分かっていた。見るからに鬱状態に入った彼を元気付けるために仲魔たちがわざと自分に絡んできたことに。
◇◆◇
やがて、わいわいとにぎやかに元人間の人修羅とその仲間たちはターミナルに移動する。
「休んだら、マントラ本営にもう一回行くね」
「あの牢屋にいる人間に会いにいくの?」
「うん。友達、なんだ」
「人間はマガツヒいっぱい出すから、殺されたりしないよ。シュラ!心配しない!」
「ありがとう」
とりあえず、今は。
(コイツラと一緒なら。俺も悪魔でも、いっかな)
そう思いつつ、微笑んだシュラに、周りの悪魔達も嬉しそうにはしゃいだ。
だが。
人と悪魔の狭間で揺れる人修羅を裁く次の者は、既に準備されていた。
炎の揺れる裁きの場で、「彼」が「彼」と出会うまで、あと少し。