Schneewittchen〜白い雪〜


Hatt' ich ein Kind, so weis wie Schnee,
so rot wie Blut und so schwarz wie das Holz an dem Rahmen!

雪のように白く、血のように赤く、黒檀の窓枠のように黒い子供が欲しいわ!




「仲魔…ね」

散々な目にあった相手。
イケブクロで、第3カルパで。
もう顔を見るだけで逃げ出したくなりそうな相手。
第5カルパの入り口で会ったときには、正直、またか、と思った。
まさか、勧誘されるとは思ってもみなかったけどね。




でも、強い。
こいつは強い。今の俺より、まだ遙かに強い。

それに。初めて出会ったときにも思ったけど。
キレイだ。




「いいよ。仲魔になろう」
俺がそう言うと、心なしか、黒猫さんがホッとしたような顔をする。

「よろしくお願いします」
はは。こいつは表情変わらないな〜。
「えっと。ライドウでいいのかな? 呼び方?」
「はい。貴方のことは何と呼べば」
「俺か……。そうだな、俺はシュラとでも呼んでくれ」
「シュラさん・・・ですか」
学帽のつばの下からのぞく、黒い瞳が怪訝そうに光る。
悪いけど、本当の名前なんて教えられないだろ。まだ。

「シュラでいいよ。あと、敬語はやめてくれ。同い年ぐらいだろ?」
「いえ。そういうわけにも」
「……そっか。まあ、好きにしてくれていいよ」
『では、我のことはゴウトと』
「えっ……!いや、そんな!黒猫さんを呼び捨てなんてできません!」
そうか!黒猫さん、ゴウトっていうんだ。かっこいい名前だな〜。

「何か、えらく対応が違う気がするのですが」
「ライドウはライドウだろ!ゴウトさんはゴウトさんじゃないか、違って当たり前だろ!!」
『よく分からんが。まあ、お前も好きに呼べ』
「……じゃあ、決め文句はアレかな、やっぱり」


コンゴトモヨロシク


そう、シュラが笑って言うと、こちらこそ、とライドウが頭を下げた。



◇◆◇


「シュラは、次にどこを目指すのですか」
「少し、アマラ深界を探索して、頭を冷やすよ」
「頭を冷やす?」
「……いろいろあってね。よく、考えたいんだ」

そもそも、そのつもりで来たのに、入り口でいきなりコイツに勧誘されたんだよな。
そう思いながら奥に進む。
カルパに住む確固とした目的を持つアクマと、自分の迷いと、闘いながら。



―――考える。

何が正しい。何が美しい。何が欲しい。

シジマの言うコトも分かる。人は愚かだ。平和を説きながら、争いを起こさずにはいられない。
ムスビの気持ちは分かる。人は自分が何より大事。他人のことを思いやることすら自分の心の為。
ヨスガは悪魔的には一番分かりやすい。力が全て。努力もしない弱者に何も求める権利は無い。
―――そして、センセイ、は。




「少し休みましょう。シュラ」
そこまで考えたときにライドウの声がした。

「ん?俺まだ大丈夫だよ」
アイアンクロウを出した腕を振り下ろしながら、俺は答えたが。
「確かに貴方は強い。が、考えながら戦うのはいつか隙ができる」
そう言いながら、さっさと床に座って得物の手入れを始めてやがる。
マイペースっつーか、いや、配分を考えて行動しているんだな。

「わかったよ。……それキレイだな」
俺たちの時代では日本刀なんて、実際に見ることなんてそう無い。
「手入れするの、見ててもいい?」
「僕は構いませんが」
横に座った俺に、貴方が構うのでは?という視線を寄越したが、俺は口元で笑って返事にした。

美しい弧を描く透き通るような刃。
何百何千いや、おそらく何万の悪魔の残滓が残っている剣。
並の悪魔なら、この剣を見ただけで逃げ出すだろうな。
現に他の仲魔は遠巻きに俺たちを見てる。
いつも隙さえあれば、俺にべったりなヤツラなのに。

俺だって少しはゾクゾクするけど、見ていたい気持ちが勝る。
こんなキレイなモノ、そう滅多に見れるもんじゃない。

前にどっかの海外のテレビ紹介の番組で「世界でもっとも素晴らしい武器」とか何とかいうヤツで、
古今東西あらゆる武器を科学的に検証して、どれが一番使えるか、一番強いかってやってたけど。

「日本刀って、世界で一番素晴らしい武器なんだって」
急に話し出した俺を、黙したままライドウが見る。
「攻撃力、破壊力だけでなく防御力も兼ね備えている最高の武器だって」

「・・・貴方の時代になってもそうなのですか?」
「ああ、もちろん銃はもっと性能のいいやつがいっぱいでてるし、ミサイルや爆弾なんか言い出したらきりが無いけどさ、単体の「人」が使える得物として、ってことじゃないかな。
ライドウ見てると、確かにそうだなって思うし」
「僕を、ですか?」
「だって攻撃力、破壊力、防御力。身をもって知ってるよ。俺」
いたずらっぽく笑ってやると、すみません、という言葉と共に珍しくライドウの困った顔が見れた。

それにとても綺麗なところもホントお前にそっくりだよって、言ったらもっと困るかな。それとも怒る?

「ところで、シュラ」
「ん?」
「貴方が持っているモノも、よければ見せて欲しい」
「……。ああ、コレ、ね。何で分かったの?持ってるの」
「管の中から、皆が騒ぐので」
「管の中からか。そうだね、分かるんだ」

俺はセンセイからあずかったままのヤヒロノヒモロギを取り出した。
仲魔達が一斉にざわめく。
「シュラ様。そんなものをこんなところで出すなんて」
「大丈夫さ。ここに居るのは『同じ目的』のアクマばかり。マガツヒの無いコレなんて、価値無い」

「それは、何ですか。シュラ」
「ヤヒロノヒモロギ」
「……聞いたことがありません。ヒモロギとは神の座するところの意。神社を指すこともありますが」
「俺もよく知らない。創生するためのきっかけだということぐらいしか」

これを俺に渡して、センセイは消えた。
これを求めて、千晶はサカハギに痛めつけられ、結果それがヨスガの神の降臨に繋がった。

「コレをさ、アマラ神殿ってトコロに持っていかなきゃならない」
「それでどうなるのですか」
「カグツチへの道が啓けるらしいよ」

ああ、カグツチってあの太陽みたいに輝いているアレね。
そしてコトワリ携えてカグツチに至れば、新しい世界を創ることができるんだって。
ふふ。ホントに昔読んだ魔法の国の御伽噺みたいだ。



―――考える。

俺の望む世界。俺の求めるコトワリ。俺の欲しいモノ。


「そして皆 仲良く、幸せに暮らしました〜ってさ、御伽噺でよくあるよな。ライドウ」
「御伽噺にはあまり詳しくありません」
「ははっ。真面目だなぁ、ライドウ。そういうときはテキトーにうなずいてりゃいいのに」
『融通の利かないヤツで申し訳ない』
「ああ、いや、ゴウトさん? 謝らないでください。誉めたんですよ」
「誉められるようなことは、何も」
「ああもう。ホント。ライドウ、お前達ってキレイで救われるよ」

ひとしきり笑って、気が付くと目の前にライドウの顔があった。
至近距離で見るその端正な造りに、息を呑む。

「貴方は何を迷っている?
迷いは隙になる。隙は死につながる。迷いがあるなら早くそれを取り除かねば」

透き通るような白い肌。透明な音を紡ぐ紅い口唇。強い意志を秘めた黒い瞳。

ああ、白雪姫だったかな。ドイツ人の祖母さんが聞かせてくれた御伽噺。

雪の日、縫い物の針にささった自分の指から、白い雪の上に血の雫がこぼれたときに。
黒檀の窓枠の傍で御后様が言うんだ。
「雪のように白く、血のように赤く、黒檀の窓枠のように黒い子が欲しいわ」

初めて聞いたときには「なんだそりゃ」って思ったけど。
白くて赤くて黒いって、キレイなんだな。


「シュラ」
もう一度、呼ばれてその瞳を見返した。

「ライドウ」
呼び返すと、長いまつげがパチとまばたきをした。

「俺はもう、正確には人じゃない」
続きを促すようにパチとまつげが伏せて、また上がる。

「俺自身ではコトワリは啓けない。
他のヤツのコトワリに賛同するか、全てのコトワリを否定するか、
全部、無かったことにしてしまうか」
「選択肢はそれだけですか」

「いや、もう一つある」
思えば、その選択肢を選ばせるためにお前を連れてきたのかもな。あのおじーちゃん。
そう考えると、首の後ろの角が微妙に疼く。
あ、いや、すみません。あの御方、でした。はい、すみません。

「何を一人で暴れているんですか?」
「ああ、ごめん。ちょっとイケナイコト考えたんで、怒られてたんだよ」
「誰に」
「あの御方に」
「?」



ミンナ ナカヨク シアワセニ。
ソンナ ツゴウノイイ コトワリナド アルハズガ ナイ。


そのまま黙り込んだ俺に、ライドウは何も言わなかった。



◇◆◇


「んじゃ、そろそろ行こうか」
腰を上げて、奥に進もうとしたとき、視界の端をかすめるモノがあった。

――― キン!
「えっ?!」
「シュラ!!」

動き出す隙を見計らっていたように、陰から襲ってきた悪魔。
振り向いたときには既にライドウの刀から血が滴り落ちていた。

返り血がライドウの白い肌にかかって、
それをライドウは舌の端でなめとった。
「油断ですよ」と、黒い瞳でこちらを睨みながら。


思い出した。

そういえば、白雪姫って。
自分を苦しめたヤツに焼けた鉄の靴を履かせて、踊り死にさせたってお姫様だったよな。

「怖い怖い」
何だか可笑しくなって笑ってしまう。
「何です?」
怪訝そうにライドウが言う。
「いや。何でもない。行こう!」







もうすぐ俺は決める。俺が選ぶべき道を。


その前にお前と出会えたのは不幸中の幸いなのか、不幸中の不幸なのか。



白くて紅くて黒くて怖い。


Schneewittchen。








Da muste sie in die rotgluhenden Schuhe treten und so lange tanzen,
(そして彼女は真っ赤に焼けた靴を履いて踊り続けなければなりませんでした)

bis sie tot zur Erde fiel.
(地獄に落ちるまで)



Ende

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本当は怖いコワい白雪姫。和訳はオリジナル。