うつくしいもの sideR



わたしみずからのなかでもいい

わたしの外の 世界でもいい

どこにか「ほんとうに美しいもの」は ないのか


それが 敵であっても かまわない

及びがたくても よい

ただ 在るということが 分かりさえすれば

ああ ひさしくも これを追うに つかれたこころ




八木 重吉「詩集:秋の瞳」より








ふと、気がつくと、彼を目で追っている自分が居る。


戦いに高揚して燃え上がる気、妖艶なほど不敵に上がる口角、その手から迸り落ちる力。

困ったように小首を傾げる癖、そっと優しく触れてくる指先、屈託無く笑う無邪気な顔。


魔であり魔でなく、聖であり聖でなく。
悪魔にして悪魔でなく、人にして人でなく。
その大いなる矛盾をどう昇華すれば、あのような「美しい」生き物ができるのか。



『惚けるな、馬鹿者』
「ゴウト」
『見惚れるのも大概にしないと、いい加減、他の仲魔から攻撃されるぞ』
「気にすることはない。当の本人が気づいていないのだから」
『……開き直るな』


ゴウトに非難されつつも、ライドウの瞳はピタリと人修羅の一挙手一投足に定まったまま。


最初はその視線に微妙な不信感を感じていたらしき周囲の仲魔は、今やその視線の意味するものをほぼ正確に理解したと見えて、以前とは違う意味で大事な主を奪われるのではと戦々恐々だ。


―――それがどうした。
あんな美しいものを目の前にして、見ないでいるほうが余程の阿呆ではないか。


『より強く美しい悪魔を得たいというのは悪魔召喚師の性。それは分からんではないが』
「では、聞こう。ゴウト。お前は彼以上に強く美しい悪魔を知っているか?」
『……今は知らぬ、と答えておこう。明日には知ることになる』
「なるほど」

さすがゴウト、とライドウはその観察力を賞賛する。
「それでいくと、彼以上に強く美しいのは明日の彼自身ということだな」

そう、人修羅の美しさの一つはその凄まじい進化に拠るのだ。

衛生病院前で足取りを追い始め、イケブクロ、第3カルパと接触し。
ライドウとゴウトを共に驚嘆させたのは、人修羅の恐るべき成長速度。
二人が持ちうる過去のデータをどう解析してみても、これだけのスピードで成長する悪魔など存在しなかった。

昨日よりも今日、今日よりも明日、より強く美しくなっていくモノ。

「初めは、弱い、と思ったものだ。それが、戦い、鎬を削りあうその数瞬の間にも、目の前で成長していく。そして今や」
『お前の管に入れることもできないほどに育っている、と』

くっ、と悔しそうに息を吐く若者を、ゴウトはしてやったりと見る。

「……まだ、分からぬ」
『精進することだな』
「言われずとも」

黒い瞳に力をこめる十四代目を見ながら、これはこれで良しとゴウトは思う。
きっかけはどうあれ、これでライドウはますます強くなるだろう。

あの悪魔の芸術作品を超えられるかどうかは分からぬが。


仲魔との話が一段落したのか、シュラがライドウとゴウトの様子を見にやってくる。

「ライドウ、お前はさっきの戦闘で平気だった?」
「ええ。特には。そちらは?」
「ちょっと、ピクシーがドジっちゃったからね。手当て中だよ」

―――傷ついた仲魔を気遣って心配げに揺れる眼差し。


「……貴方も、少し傷が?」
「これぐらい平気。マガタマ取り替えるのサボってたから、自業自得」

―――自分が傷ついたことを隠して強がる瞳の色。


「でも、ライドウが居て助かるよ。まさか貫通まで覚えてくれるなんてね」
「いえ。僕ももっと精進しなければ」
「あはは、真面目だよなぁ、ライドウは。じゃあ、俺もがんばって精進するよ」

―――そして。
少しずつ、少しずつ暖かみを帯びていく、己を見る視線。

「……ほどほどで、お願いします」
「ん?」


ああ。

見つめずにいられるものか。
うっかりと眼を離した隙に、また変わっていくのだから。

―――この「うつくしいもの」は。




Ende

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