疑問


それは。確か。いつもの他愛も無い大騒ぎ。

北欧の悪戯小僧、いや、魔王が例によって例のごとくシュラにちょっかいを出して。
例によって例のごとく、ケルトの幻魔と小妖精と炎の大天使を中心に他の仲魔が、ぶちギレて。

『「ああ、またか」』と、脱力しつつ傍観していたライドウ達のところに、その諸悪の根源の魔王が
命からがら逃げ込んできたのだ。

「くっそー。久しぶりに女性体になったから、胸の大きさを確かめようとしただけなのによ〜」
冗談の分からない奴らめ。仲魔に本気で攻撃してくるかー?!
「……」
もう、どう突っ込んでいいものやら分からぬ問題発言に、ただライドウは沈黙する。

『いや、それは周囲が切れても仕方ないぞ、ロキ』
「そうか?いや、だって、あーゆーもんは、揉めば大きくなるんだぞ。むしろ親切だぞ」
「……」
以前にシュラが使っていた異国の言葉を思い出す。あれは確か・・・。ああ。
なるほど。これを「せくはら」というのだな、と、正しい現代語知識を習得するライドウである。

「いや〜。一日シュラの傍に寄るなって、言われたから、ちょっとこっちに避難させてもらうぜ」
あー、でも一日もシュラの傍に行けないなんて、オレ様、辛くて死んじゃうかも。
よよよ、とわざとらしく嘆く魔王を見ながら、ライドウの脳裏に浮かぶ四字熟語は「因果応報」
「自業自得」だ。


――― だが。
これは。
よい機会かもしれない。

根が真面目で、疑問を放置するのが性に合わぬ悪魔召喚師は、常日頃持っていた疑問を、この
はた迷惑な歩くセクハラ魔王に尋ねてみることにした。



◇◆◇



「あ゛?何で、俺たち悪魔が、こんなにシュラが好きなのか?って?」
「理由を、知りたい」

悪魔召喚師として、その故を知ることは計り知れないほどに利がある。
何しろ、忠誠心を育てる必要も無く。会話して、仲魔とした瞬間に完全服従なのだ。
管やマグネタイトの在り方に関しては、「世界」が異なるゆえに仕方なかろうが。

「んー。教えてやってもいいけどよ」
シュラには絶対に内緒だぞ。後、聞いて後悔するなよ。
その魔王の滅多に見ない真面目な表情に、少しの不安を感じながら、ライドウは肯く。

そして、魔王は話し出す。
ずっと、ずっと後に。ライドウとゴウトが共に、聞かねばよかったと後悔する、その故を。




「お前ほどの悪魔召喚師なら、理解してるだろうが、オレ達ってのは基本、分霊だ」

こくり、とライドウは肯く。当然のことだ。でなくば同じ悪魔が何体も存在するはずがない。

「けど、シュラは独りだ」

それもライドウは肯く。当然だ。あんな悪魔が山ほど居たら、全世界が大混乱だ。

「だから、シュラは死んだら、終わりだ」

肯きかけて、ライドウは逡巡する。・・・終わり?

「これは、お前も同じなんだけどよ」と魔王はライドウに笑いかける。

「悪魔って奴は『儚い綺麗な強いモノ』に弱い。人間でもそうかもしれんが。
枯れない造花よりも、すぐ散る桜に想いを寄せる国のお前ならよく、分かるだろ。」

また、こくりとライドウは肯く。桜は散るから、美しいのだ。それは真実。

「だから、散らないように、傍で、その強さを綺麗さを、守ってやりたいって思う。
これは、お前の仲魔もきっとお前に同じことを思っている」

『うむ』とゴウトも同意を示す。それはゴウトもまたライドウに持つ想い。

「だが、それでは」と、ライドウは問い返す。
答えになっていない。ライドウとシュラが同じ「花」なのだとして、その上での違いは何か。

「……オレたちからすれば、アイツは生まれたての赤ん坊のようなもんだ」

うなずく。生まれたての悪魔。確かに、そうだ。

「その赤ん坊が、あっという間にオレ達をしのぐほど、強くなりやがった」

その通りだ。その成長の速さは、その異常さは、ライドウとゴウトもよく知っている。

「お前は、強いよな、ライドウ。お前はその強さを得るために、何をした?」

修行だ。日々鍛錬し、己を磨き、より強き自分へと、己を成さしめるため。

「……あいつも同じだ。生まれたての赤ん坊が、な」

トクリ、と胸が何かを打つ。生まれたての赤ん坊が。この短期間に。あそこまで強くなるほどの
「修行」?……いや、それは、もう「修行」ではない。むしろ、「拷・・・

「まあ、今お前がちょっと感じたコトが、理由の一つだ」
視線を揺らしたライドウを見ながら、ロキが言う。

一つ。他にもあると。

「世の中には、知らなくていいこともあるぜ。悪魔召喚師」

聞かせてほしい。
食い下がるライドウにロキは溜息を一つつく。
……お前もあれだな。悪魔に言うこと聞かせる力はすげぇよな、と呟いて。

「オレたちは、あいつが『なぜ』悪魔にされたかを知ってる」

・・・それは、ライドウもゴウトも知らぬコト。

「あいつがいずれ、『何』をさせられるかも、知ってる」

……それも、ライドウもゴウトも知らされておらぬコト。


――― だから(・・・)

オレたちは。せめて。今は。
あいつを愛してやることぐらいしか、できねーんだよ。


そう苦しげに言って、うつむいた魔王はやがて、ライドウにニカリと笑ってみせる。

「いやー。柄にも無く、暗くなっちまったぜ!」

先ほどの言を、問おうとするライドウに、しかし、魔王は拒絶する。

「これ以上は言えねぇ。自分で考えな。・・・いや、考えなくていい。お前はとっととこっちの依頼を
済ませて、できるだけ早く、自分のお家へ帰んな」

……シュラもそれを望んでいるさ。心からな。

そう言って、柄にも無く真面目な顔をした、不真面目な魔王は黙り込み。

ライドウとゴウトも、また沈黙した。




――― この時の魔王の言葉の真実を、二人が知るのは、もっとずっと後のこと。





Ende

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