煌天



「カグツチ キラキラ〜」
くすくすと笑いながら、シュラがトンと跳ねる。

その楽しげな様子を見ながら、周りの仲魔達も嬉しげに笑う。

『そういえば、今は煌天か』
無駄な闘いになりやすい、ということで可能な限りは煌天時には休憩して仲魔と親睦を深める。

見慣れて久しい、どこか和やかなその光景を眺めながらゴウトが呟く。


円く形を変えたトウキョウの中央で、キラキラと輝くカグツチ。
魔性の者はその影響を受け、その光が最大になる煌天時には会話も受け付けない。

――― ただ、シュラとその仲魔達を除いて。


仲魔になった当初、煌天時の対応を危惧していたゴウトとライドウだったが、
(何しろシュラを含め、強力な12体もの悪魔に一度に囲まれることになるのだ)
意外にもシュラ達に大きな変化は見られなかった。

『初めは煌天時は、一時的にどこぞに避難するべきかと考えていたのだが』
「杞憂だったな」

シュラに言わせれば「いや、ナチュラルハイって感じにはなるよ」らしいのだが。
せいぜい普段より、少し明るく、軽やかになる程度。攻撃されるなどということは無かった。

そういえば、自分の仲魔も満月だからと言って命令を全く聞かないということは無いな、と
ライドウが考えていると、楽しげに仲魔と遊んでいた彼が駆けてきた。

「何か?シュラ?」
「なあ、ライドウ。ライドウの仲魔も出してやったら?」
「……はい?」
満面の笑みで、とんでもないことを言われた気がする。

「前から思ってたんだ。戦闘中しか出て来れないなんて、ストレスたまるよ」
「……」
『待て。シュラ。マグネタイトの浪費はなるべく控えたい』
「あ、っと。そうですね。出して動かすだけで使っちゃうんでしたね」
『そうだ。気遣いはありがたいが、必要時以外での召喚は』
「うーん、と。ね、ライドウ。それって、俺ので補えないかな」

「『え?』」

異口同音に音を発したライドウとゴウトが、頭の上に「?」を発生させると同時に、 シュラはライドウの胸にある管を二本、しゅるりと器用に抜いて、手に取った。

「シュ、シュラ!困ります!」
慌てて取り返そうとするライドウの手をするりとかわして、シュラは管にチュと唇を寄せる。

あ! ええ!? そんな主様!とその場に居る全員が声を上げて固まるのを意にも介さず、

「ね。俺の力あげるから、出ておいで。ライドウのお仲魔さん達」

甘く聞こえるほどの優しい声で彼がそう管に囁くと。


……ポン!
……ボン!

と、二体の仲魔が、……何とも表現のつかぬ複雑な表情をして、現れた。



◇◆◇


「あらためて、こんにちは。ライドウのお仲魔さん。一緒にあそぼ♪」
「……」

にこにこと上機嫌なシュラと、いつも以上に無表情な悪魔召喚師( ごしゅじんさま)の顔を交互に見ながら
モー・ショボーとヨシツネはどう対応したものかと硬直したままだ。

ちなみにシュラは気付いていないが、シュラの仲魔達の無言の圧力も、この気の毒な 二体の悪魔の肩にどっかりと乗っかっている。……その圧力の名を嫉妬と言う。

「ラ、ライドウお兄ちゃん?ど、どうしよ?」
おそるおそる聞いてくるショボーに軽く溜息をつき、ライドウは彼女に単独行動を許した。

「あれ、ヨシツネは?」
「彼には少し確かめたいことがありますので」
後から遊ばせますとシュラに答えるライドウの視線は、ヨシツネに「何も話すな」と命令していた。


「……では、説明してもらおうか。ヨシツネ」
遠目にショボーと楽しそうに遊ぶシュラを見ながら、ライドウは尖った声で尋ねる。

「お、俺も訳わからねぇんだって!何だか、お前のマグネタイトみたいな美味いもんが 管に入ってきたな、と思ったら。すっげぇ優しい声で呼ばれてよ。気がついたら」
『出てきていた、と』
「お、おう」
不可抗力だろ。俺達のせいじゃないだろ、とヨシツネは言い訳がましく言葉を続ける。

「それはともかく、……お前、なぜ顔が赤い?」
ヨシツネが異様に狼狽しているのは、異なる者に召喚された驚きによるものだけでは無さそうだ。

「お、お前!そ、そりゃ、あ、あんな呼ばれ方して赤くならないヤツが居るかっ!?」
(接吻されて、口移しでマグネタイト寄越されたんだぞ!と口に出せないヨシツネが不憫だ)
「……では、僕が同じように呼んでも、そのように狼狽して顔を赤くすると?」

……それは違う意味で心の底から激しく狼狽するかもしれない。

……少なくとも顔は「青く」なるだろうな。



◇◆◇


『まあ、とりあえず。シュラの能力は侮れないということだ』
「……」

結局ヨシツネは「早くおいで〜」と迎えに来たシュラに、つい先ほど引っ張られていった。
……その赤い顔を戻すこともできぬまま。

『主人がお前であることは変わらないが、ああも簡単に召喚できてしまうとはな』
「例の、力か?」
『……分からん。それだけでも無さそうだ』
「では、いったい」
何によるものだと聞こうとしたライドウを、シュラが呼ぶ。

「ライドウ!お前も来いよ!せっかく二人も呼び出してるんだし!!」

その何気ない一言がライドウの心をサックリと切る。
「……そう、言えば」
『……あっさりと「二体召喚」されていたな』

ま、まあ、ヤツは普段から三体召喚しているのだから、気にするな。

慰めだか追い討ちだか分からぬゴウトの言葉を背に受けながら、仲魔とシュラの元に向かった ライドウにシュラはにこり、と笑う。
「やっぱりさ。お前の仲魔だから煌天でも平気だな」
「え?」
「ほら、煌天の時って、仲魔じゃないヤツは会話もできないこと多いだろ?前に一度、不思議に思って、 聞いてみたことがあったんだ。」
どうして、お前達は平気なのって。

「……何と答えたのですか?」
貴方を愛して止まないあの仲魔たちは。
「えーっとね。リンやウリエルは難しいこと言ってたけど、要は」
「要は?」
「俺のことが好きだからって言ってた。///」

……何とまあ、単純な。
しかし、その一言で納得できてしまうのも確かだ。

「だからさ」
照れかくしのようにシュラが言う。
「お前の仲魔もお前が大好きなんだな、って思って」
「……あっさりと他者に召喚される程度の好意ですが」
少しの嫌味を含めて返しても彼は笑う。
「ああ、だって、俺あの時ライドウのこと思ってあいつ等を呼んだから」
「え?」
「『俺もライドウのこと大好きなんだ。だから一緒にあいつと遊ぼ』って、呼んだ」
そしたら、ホントにあっさりと出てきたね。それはちょっと俺も驚いたけど。
「……」

その「大好き」が友情の圏内なのだとしても。
よくもまあこれだけ明るく軽くストレートに照れもせず堂々と臆面も無く。
――― どうやら煌天時の彼は、「違う意味で危険」なようだ。。。

そして少々チャーム&バインド状態気味のライドウに気付かず、シュラはヨシツネとリンが互いの
師匠談義に花を咲かせつつ各々の武芸を披露している場に向かう。普段は触れられぬヨシツネの鎧を興味深げに見たり、刀の構え方の 指南を請うたり、楽しそうだ。
……未だにヨシツネの顔の朱が消えず、それを見るリンの視線が冷たいのは問題だが。

「ご一緒されないのですか?」
「ウリエル」
パサリ、と白い翼がライドウの傍で動く。
「せっかく主様が、わざわざ、御自ら、御力を分けられましたのに」
……その言葉に、天使らしからぬ棘があるように思うのは気のせいでは無いだろう。

「彼はいつも、あのような力の与え方をするのか?」
「いつも、というわけではありませんが」
もしそうでしたら、いつも(・・・)血の雨が降りますよ、 と物騒なことを天使がにこりと言う。
「気を与えるのに効率が良いとのことで、時間の限られるときは。あと、煌天時は 主様はハイになられますので多少頻度は上がります」
「……なるほど。酒に酔ったときのようなものか?」
「……似ているかもしれません」と、疲れたようなウリエルの溜息を聞いて。

そういえば、とライドウは思う。
「さっきシュラが言っていたが」
「はい?」
「なぜ仲魔になると、煌天時でもお前達は変わらないでいられる?」
「……主様は何と?」
「皆が自分のことを好きだから、と」
主様らしいお答えですね、とウリエルは嬉しそうに笑う。

「……カグツチは光を放ちます。……天にまします主も、ヨスガの主も同様に」
そして、私達はその光に魅了され、従い、我を忘れ、狂うのですが。

「簡単なことなのです。今、自分の手の届くところに、より美しく強い光を放つ御方が居られるのに」
それ以外の他者に惑わされる愚か者など居ない、ということですよ。



◇◆◇



「あー楽しかった。また機会があったら遊ぼうね。ショボー。ヨシツネ」
「うん。シュラお兄ちゃん。あの・・・いつかはごめんね」
「お、おう。俺もあん時は・・・悪かったな」
二体揃って、複雑な表情でうつむかれてシュラはきょとんとする。

「……あれは僕の指示だったのだから、お前達が気に病むことではない」
ライドウの台詞にようやく何を言われているかを思い当たる。

「ああ、あの時のことか〜。いや、確かに怖かったけど。そんなこと言ったら俺の仲魔もそうだから」

「「「「「「「「「「「「「「『え?』」」」」」」」」」」」」」」

「リンなんかセタンタの時には龍の眼光とギロチンカットで、俺殺されかけたし」(実話w)
あぁ主様、と声にならない悲鳴が上がる。
「ウリエルなんか大天使三人がかりで、獣の眼光とメギドラ使って襲ってきたし」(実話ww)
元々青い顔を蒼白にして大天使が地面に落下しかける。

「でも、それでも今は俺の大切な仲魔だよ」
だから、そんなこと気にしないでと言われて、二体の悪魔はホッとしたように管に戻っていった。

『だがシュラよ』
「はい?ゴウトさん?」
『気遣いはありがたいが、やはりこちらの仲魔はあまり召喚せぬ方が良い』
「そう、ですか?」

黒猫様のありがたいお言葉にシュラの仲魔が感謝の視線を送る。その心中は拍手喝采だ。

『おぬしとて、自分の仲魔を他者に召喚されれば気持ち良くはなかろう』
「う〜ん。そうですね〜。確かに複雑かもしれないですね」
分かりました、と、少ししょぼんとするシュラを見ながら、ライドウはゴウトに囁く。

(僕はあまり気にしてはいないが。……たまになら問題ないのでは無いか)
(このうつけ者。今回はたまたまあの二体だったからいいようなものの)
(?)
(己の他の仲魔を思い出せ。「あのやり方」で召喚されたら目も当てられん)
(・・・他の、と言うと……あ!)
(煌天時で無くとも襲ってくるぞ。全員で)


……「あの仲魔」を、「あのやり方」で。
想像するだけでダラダラと色々な汗が出てきそうなライドウの肩をシュラがポンと叩く。

「ごめんな。ライドウ。これから気をつけるから」
「え。い、いえ。気にしないで、ください」
「あ、で、ちょっと気になったからお願いしたいんだけど」
「何、ですか?」
「ちょっと指貸して」
と断って、ライドウの右手をふわりと握る。
「???」と見つめるライドウを意にも介さず、そのまましばらく握っていたものの
「ん、と。ダメだな。俺、ヘタだからこういうの」と顔をしかめた。

「?」
「ごめん。後で返すから」
「え?」
何が何やら分からぬライドウの指にシュラが口を寄せ、そのまま指先を咥え舌をそろりと這わせて。
「あ、ホントだ」、と一言。

『……何が ホントだ、なのだ』
周囲が全員硬直しているのを見ながらゴウトが溜息混じりに聞く。

「いや、ヨシツネとショボーが俺とライドウのマグネタイトの味が似てるって言ってたんですけど、 自分で自分の味は分からないから、どんな味?って聞いたら甘くて美味しいよって言うから」
『……試してみたと』
「はい。うん。確かに甘くて美味しいです」
……そんなににこりと爽やかに返されても・・・。
この周囲の惨状をまずは何とかしてくれと言いたいゴウトだったが。

「ああ、ごめん。ライドウ。約束どおり返すな」
そして、一体何のことだとライドウが頭を動かす余裕も無いままに。
シュラはライドウにマグネタイトを返した。


…………口移しで。



……やはり煌天時、恐るべし。次からはどこか避難場所を探すべきだと。
更に悪化した周囲の惨状を見ながら、ゴウトは思った。



Ende



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「ほら見ろ、お前だって、思いっきり赤くなってるじゃねぇか!」