クギ



「「でも、意外によ。お前さんが、常識人で良かったよ」」


アマラ深界探索の合間。
次のエリアに入る前に休憩を取ろうとシュラが言い。
それぞれ思い思いの状況下で、それぞれ思い思いの行動を取っていたとき。
(とは言ってもほぼ全ての仲魔はシュラにベッタリだが)

思いついたようにライドウの傍に座り込んだソレが、いきなりその台詞を投げ掛けた。


「……」
常識人と言われたことに喜ぶべきか、意外にという修飾語に怒るべきか。
判断に迷ったライドウは、とりあえず黙して目の前の悪魔を見る。

「「何しろ初対面じゃ、茶筒は踊るわ、猫はしゃべるわ、本人はしゃべらないわ。 そっち側の口上が終わった瞬間にとっとと斬り付けてくるわ、遠慮なく弾はぶち込んでくるわ 。やっと、戦闘止めたかと思ったら、事と次第によっては、もう一度手合わせするかもだの何だの訳分からなねーコトを、猫が言って立ち去るわ」」

「……」

「「二回目に会った時にゃ、いきなり危ねー形状のヤツが天井からぶら下がってくるわ、 この先に進むなとか勝手なこと言い出すわ。ちょっと廊下を進めば、恐ろしい音楽と共に すんげー勢いで追いかけてくるわ。(……あれな、いちおー言っ とくけどフツーの感覚だと、 あんなモン見せたマント男が追いかけてくるってさ……変質者そのものだぜ)それで、 またしても遠慮なく打ってくるわ、訳の分からない罠は仕掛けてあるわ、逃げ切ったと思ったら、 おいおい結局戦闘かよっ!なら最初から戦えよ!……あーやっと終わったー。
…………おい待て、 おめーそれ8本召喚ってできるのか!?やっちゃうのか!?ちょ、それは頼むから止めてー!!ひぃぃぃぃ。 あれ?お、黒猫さんありがとう!!……って感じでだな」」

「……」

若干の感情移入はあるにせよ、やたらと詳細で、悲しいことにほぼ正確なその描写を滔々と語るのは、 オンコットから、ハヌマーンを経て、現在に至るセイテンタイセイだ。

ただ、その語り口調からすると、どうやら別にライドウ達を責めるつもりでは無いらしい。
……結果的にどうであるか、は置いておいて。


シュラの仲魔達は合体を繰り返しても以前の遺伝子、とでも言うのか、記憶や感情が残るらしい。 当初は半信半疑だったライドウとゴウトも、第5カルパでブラックライダーがピクシーに変化したのを 目の当たりにしては、その事実を認めざるを得なかった。

(まさか、あのカクカク天秤骸骨の騎士が、あの小妖精に変化するとは、流石の我も驚いたわ)

とは言え、主への深い愛情、という唯一にして最大のポイントを除けば、全ての記憶が移行する訳でも 無いらしく。今、目の前に居るセイテンタイセイのように自分自身の変化体である期間が長い仲魔で無ければ、 さほどその記憶内容は鮮明では無いらしい。

……逆に言うと、つまり、変化体のものほど、その記憶する内容が不必要なほどに鮮明かつ正確で あることも確かであるようで。

「……」

何故か、セタンタから変化したアレと、ソロネから変化したアレが脳裏に浮かび、 寒気と共に若干の苛立ちをライドウは感じる。

『して、何が言いたいのだ。孫行者よ。いや、孫悟空と呼んだ方がよいか』
「うわー、黒猫さん。その呼び方、最初のお師匠様、思い出すから、止めてくれー」

思い出すと、額が、頭が痛くなるんだ〜、と、過去のトラウマに嘆く猿はこめかみを押さえ。


そういえば、『西遊記』、か、と。ライドウも思い出す。確か、以前に本で読んだな、と。

……シュラが三蔵法師、というのはともかく、猪八戒は誰だ。豚ではないが、イメージはロキか。
カッパはこれまた居ないが、顔色の悪さでウリエルか。では、白馬はクー・フーリンか。

むしろ『桃太郎』なら犬(クー)・猿・雉(ウリ)で、悩むことも無いのだが。

本人達にはとても聞かせられない思考(ロキに至っては桃太郎で既に居ないものと なっている)を
巡らしたライドウは、その余りの当て嵌まり具合に、 「主、お疲れなら、どうか私にお乗りください」と尻尾を振る白い幻魔を思い浮かべてしまい。 思わず、といった風に目の前の猿と同じ仕草を取る。

……頭が痛い。


『しかし、お主、シュラには、よく「おっす、オラ悟空」とか言ってなかったか?』
「「ああ、あれはギャグだ。あれすると、アイツが懐か死ぬ〜とか言って、笑ってくれる、から」」

オレもよく分からないネタなんだけどなーと、頭を掻く猿君も、例によって例に漏れず、シュラの崇拝者である。 ・・・聞くだけで頭痛を起こすという昔の名前を、自らギャグにするほどに。
現に今も、その時のシュラの満面の笑顔を思い出しているのだろう、赤い顔が必要以上に赤い。

「「で、まあ、何だ。前置きが長くなったけど、ありがとよって、ことで」」
「何のことだ」

突然の言葉に、頭痛から少し復活したライドウが首を捻る。この話の流れで礼に結びつくとは謎だ。

「「いや、だから、お前さん、思ったより常識人だったよな、と」」
「……分かりやすく、話せ」

「「やー、だから、あれだ、その。お前、さ」」

言い澱んだ後に、元・東方天界一の乱暴者が落とした言葉は、ライドウを違う意味で震撼させた。








『生きているか?ライドウ』
「……何とか」

『……自覚、無かったのだな。(まさか気付いておらんとは。我も驚いたわ……心の底から)』
「……と、言うことは。ゴウトも、気付いて、いたのか」

『……薄々、はな。(……あれで気付かなければ、我の目は節穴だ)』
「そう、か」

どこか納得いかないように、微かに頬を染めて首を捻る後継の様子は、普段から見慣れている お目付け役からしても非常に美しく魅力的な風情ではあるのだが。

(どうやら、情緒面の教育を間違えたようだ)と。
ゴウトは溜息をつき、ライドウの普段の"彼"への様子を思い浮かべる。


その姿を追う視線は、加速度をまして、熱が篭もり。
共に語り合う時の声音は、砂を吐くほどの、甘さを付加し。
戦闘時には唯一の“彼の隣のポジション”を死守してけして離れず。
レベルが上がれば、礼だ、と大義名分を掲げて、高額な贈り物をそっと手渡し。

(ええい、あれほど明々白々な行動をとっておれば、誰でも、一目瞭然だ、馬鹿者!)
件の10万マッカが結納金のつもりだったというデマまでとびかっているのを知っているのか!

と、怒鳴りつけたいところを、寸での所で黒猫はとどめる。
それを聞いたライドウが、なるほど、と納得してしまう事態を、どこか恐れて。

『まあ、先方も気付いていないのは、当の本人の御大将のみ、というのは同じであるからな』
「……」

『似たもの同士、ということで、先は明るいやもしれんぞ』
「本気で、そう、思っているか、……ゴウト」

『……』



◇◆◇




「「ほら、お前さん、ウチの主人のこと、好きだろ?」」

「「照れるな照れるな、見てりゃー分かるって。お陰でウチの他の連中の毛が逆立ってやがる」

「「あーんな、ひでーことしといて、ほとぼりも冷めないうちに、好きだなんて言い出しやがったら、
どの面下げてその台詞をって、俺ら全員でぶっ飛ばしてやろうと思ってたけど」」

「「さすがに自粛してくれてるみてーで、安心したって、ことだ」」

「「アイツさー、多分、お前さんが思っている以上にすんげー繊細、なんだわ。だから、そのまま常識人で、居てくれると俺たちも助かる。こう見えて、俺たち、結構お前、気に入ってるんだぜ」」

悪気がまったく無さそうな、お猿さんの笑顔と台詞を思い出して、ライドウとゴウトの頭が痛む。


どの面下げて(・・・・・・)、か。……言われたな』

「……つまり。釘を、刺された、わけだ」

『……そのようだな』


前途多難だな、と。他人事のように呟く黒猫に。

猿に苦言という釘を山ほど刺された、哀れな恋する男は、がくりと頭を垂れた。






Ende



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後書き反転

ラ「貴様……。この創作で何を書きたかったのか、十文字以内で言ってみろ!!」
管「(何故十文字以内……) 『 ど の 面 下 げ て そ の 台 詞 』」
ラ「……嫌味はもういい・・・。本当のことを言え」
管「………… 『 「 お っ す 、 オ ラ 悟 空 」 』」
ぐっさー(何かが突き刺さる音)