鶺鴒



「あれ?ライドウ。これ、何?……小さい笛、みたいな」
「ああ。それは、神楽笛ですね」
「笛?戦闘中に?……何に使うの?精神攻撃、とか?」
「いや、それは……」
こちらの指示をきかない仲魔を強制的に操るときに、と言い掛けて。

……目の前の彼においては、一度も必要とならぬであろうそのアイテムを手の平で転がしながら、何の悪気も無く尋ねてくる想い人の笑顔が、少し憎く思えてしまうライドウである。
(仲魔のただ一人もボイコットのボの字も見せない、とは。どれだけ愛されてるんですか、貴方)



久しぶりの休憩時間。
所持品の確認をしていたシュラとライドウが、各々の世界で異なるアイテムがあることに気付き、
互いにその差異を確かめる、という。比較的、有意義な時間を過ごしてはいるのだが。

片や、周囲が自分に向ける好意など、ハエの羽ばたきほどにも感じぬ最強の天然悪魔。
片や、生涯初となる恋心を自覚させられたばかりの不器用純情悪魔召喚師(今のところ)。
ほんわかなようでありながら、イマイチ噛み合わない会話が延々と成立している。

「あ、ライドウって、戦闘用のアイテムはあんまり多く持てないんだ」
「ええ。どうしても、戦いながらの使用になりますので、刀と銃を使いながらでは……」
仲魔を戦わせておいて、自分はよっこいしょと大きなカバンを開くのもどうかと思いますし。
率直なライドウの意見に、シュラも、くっ、と笑いながら、そうだね、と同意する。

でも、そういう“とぼけたライドウ”の姿ってのも見てみたいかも。と嬉しそうに続けられて。
では、ぜひウチの帝都に見に来ませんか、と言いたくても言えないライドウの周囲には。
例によって例のごとく。シュラ様命の悪魔軍団が目を光らせていたり、する。

「そういえば貴方は戦闘中のアイテムでも、制限はあまり、無いですね」
「ああ、うん。大体は99個ぐらいまではストック可能」
「……どうやって、管理してるんですか?」

よくよく考えると、戦闘中。いつも彼の横で、彼の美しさに見ほれてはいるものの。
アイテム使用の瞬間などまでは、さすがに凝視していない。

(と言うよりも、非常に計画的な彼の戦闘スタイルでは、ボス戦でも無い限り、そうそうアイテムを使うことは無いのだ。 特にトランペッターが参入してからというもの、その計画性がより堅実となり、 戦闘終了後には全員が全回復した状態で終わっているケースがほとんどである)

「アイテム管理、か。えーと。この表現で、ライドウに通じるかな〜」
困ったように眉を寄せる表情まで甘い、と思いながら答えを待つライドウに。
やがて、現代人なら誰でも通じる単語が提示された。




◇◆◇




『“四次元ぽけっと”、だと?』
「ああ。シュラが、そう言っていたのだが」
分かるか?ゴウト?と、聞かれても。
さすがの黒猫様の亀の甲より年の功でも、知らないものは知らないとしか答えようが無い。

とは言え。
「ライドウとばっかり、しゃべりすぎよ!シュラ!!」
と。最愛の友人(ピクシー)に半強制的に引きずられていった彼に、今更、聞きに行くわけにも行かず。

仕方なく、例によって例のごとく、
その場をうろついていた北欧産魔王をとっつかまえて聞いてみることにしたのだが。




……この安易に過ぎる人選を、

後で黒猫様は心の底から悔やむことと、なる。



「ああそれかぁ。ええっと、シュラの世界で“ドラえもん”という猫型ロボットが居てだな」
「ドラえもん?」
「その猫型ロボットの腹にポケットがついていて、だな」
「それが、四次元ポケット?」

……漫画だとかアニメだとかフィクションだとかの、重要な前提をまるっとすっ飛ばした
横着なロキの手っ取り早すぎる説明によると。

シュラのあのタイトなズボンのポケットの中には、広大無辺なる空間が存在し。
シュラが、必要とするものを思考して、ポケットに手を入れると、その意思に応じた物が彼の手の中に転がり込むのだと、言う。

『ふむ。便利なものだな』
「それは……ウチにも一つ欲しいものだが。入手は可能なのだろうか」
(できれば服の持ち主ごと、という本音は、さすがにまだ出さないライドウである)

「あー、でも、それって、多分、あの御方のサービスだから、お前の所じゃ無理だろ」
「サービス?」
『あの御方……アレ(・・)か?』

怪訝そうなライドウとゴウトに、苦笑いでロキが答える。

「ほらさ。シュラってまともに身に付けているのって、あのズボンぐらいだろ。
おいこら!これで戦闘アイテムをどうやって持ち歩けって、言うんだ!って、感じでさ。
まー、服は奪うわ、マガタマ飲ませるわ、で、さすがにヒドイと思ったんじゃないか?」
つか、ホント、変態に襲われた被害状況まんまだよな!脱がされて変なもん飲まされてってさ。

「『……』」
まるっきり同感だが、腐っても依頼者の批判はとりあえず止めておこうと思う、ライドウ達である。

「あ、じゃあ、お前さんもズボン一丁になったら、それぐらいサービスしてくれんじゃないか?」
と、違う意味で愉しげに笑うロキを見ながら。

(なるほど。四次元ポケットはつまり、“脱衣料”か)
((ここから先は別料金でーす、とかいう、アレか))

心から納得すると共に、
いくら便利でもその取引はあまりに嫌過ぎると、ゴウトとライドウは背筋を凍らせた。


「……もう一つ聞きたいのだが」
脱力しながらも転んでもただでは起きたくない合理的なライドウは、
以前から不思議に思っていたとあるアイテムの効能を、ついでに、聞いてみることにした。



◇◆◇




「ああ。あのアイテムかー」
ライドウから、そのアイテム名を聞いた途端、にへら、とだらしない笑顔を浮かべるロキである。

「何でも、すごい幻が見える、らしいぞ」
「『幻?』」
「鳥化するらしい」
「『……へ?』」
「だから、獣化ならぬ、鳥に変化して、見えるらしい」
「『誰が?』」
「シュラが」
「『……あ?』」

異口同音に簡潔に疑問系な言葉を返す、黒いペアを見て、ロキはくつくつと笑う。

「いや、だからさー。あの腕が翼に変化するんだよ。ああ、そう相手に見えるってだけ、だけど。
で、バランス崩して、ひざをついちゃうわけだ。前のめりに。
んで、地面で羽をパタパタさせながら、尾羽を」

「『尾羽ぇ?!』」

「ああ。綺麗な長い尾羽が生えるらしいぞ。って、だからそう、相手に見えるんだよ。
で、その尾羽を、ほら、セキレイ、だろ。あんな感じで、腰振って、クイクイって」

「『……っ』」

あまりと言えばあまりのイメェジ映像に、ライドウとゴウトの脳内は共に暴走状態に入っている。
特に「鳥」と言われては、いかに沈着冷静なゴウトと言えど、猫の本性を直撃されまくり、
脳内でクイクイと蠢く、鳥型シュラの尾羽にとびかかりたい衝動を抑えるのに、必死だ。

彼らの心中を知ってか知らずか、愉しそうなロキの説明は、続く。

「女性体だと、ほら、長い髪揺らしてフルフルって、いやいやって感じで首を振って。
あと、腕が羽になって胸が隠せないから、恥ずかしくって、瞳ウルウルなんだけど。
でも、アイツ、ほら、芯は強いだろー。
そんなどうしようもないほど、可愛い風情でも、上目遣いでにらんでくる、とか。
ほらー、そりゃ、もう、守ってやりたくって、チャームにでも何でもなるよな」

「『…………!』」







「なんてな。
……だったらいいなー、とか、思って……。あれ?ライドウ?どこ行った?」

『……ロキ。まさか、今のは全て、お主の』
「願望だが?」





◇◆◇




その後。

お調子者の魔王の頭を、ペシィっとはたく黒猫様が予想したとおり。

ものすごい勢いでシュラのところへ走りこんだライドウが。

「今すぐ、セキレイの羽を全て売却してください!!シュラ!」
「……へ?……ラ、ライドウ?いきなり何を」
「いいから!!ああもう、そんな恐ろしいアイテムをこれまで使わせてきた己が、己が憎い!!」
「い、いや。でも、これ使用頻度は低いけど、役に立つことも」
「……なら、一度僕に使ってください」
「おま、いったい、なにを。大体、これ、お前には効かな、」
「いいえっ!今の僕なら、この想いの深さで必ずやバッドステータスに!」
「???」

まるっきり、噛み合わぬ会話を発生させることとなり。

やがて、一向に埒が明かぬ会話に業を煮やした悪魔召喚師が。実力行使とばかりに
件のアイテムを求めて、愛する悪魔の四次元ポケットに、手をつっこむ事態となったものの。

「う、、、わっ!ライド、な、に、す……!」
……当然ながら、当の本人以外が手を突っ込んでも、ポケットはただのポケットでしかなく。

「キャアアッ!!このエロサマナー!!私のシュラに何してるのよっ!!」
…………あんなスリムな形状の少年のズボンのポケットに手を突っ込めば。

「……ぁっ、や、ラ、イド、そこ、だ、め」
………………アイテムではなく、ナニをつかんでしまうかは自明の理であり。











その後。

予想以上に甘かった、想い人の“鳴き声”を得た見返りに。

ほとぼりが冷めるまで
より一層、対悪魔召喚師への防御を固めた、シュラの仲魔全員から、
「 大 正 妖 都 の 変 態 エ ロ サ マ ナ ー 」の称号で呼ばわれ続けたことは。




優秀な黒猫様の手帳には残っていない。







Ende



ボルテクスtop


後書き反転

だって、ライドウさんのアイテム限定数、が、気になって。
人修羅様は99個までオッケーなのに、とか。セキレイの羽の効果、とか、いろいろ考えてたら。
……すみません。