ソフィア




わたしは最初にして最後のもの

称えられ蔑まれるもの

娼婦にして聖なるもの

妻にして処女

不毛にして多産なるものなり ――― ソフィア



『死海写本』より






「あー、やっと買えたー!」

アサクサ。ガラクタのジャンクショップ。
殺戮と崩壊の後にできあがった、小さな憩いの場所。

高額なマガタマを手に、嬉しそうに笑むシュラの前で。
やっと買ってくれた、と。顔の上半分を覆ったマネカタがやはり嬉しそうに笑う。

そのつかの間の、砂上の楼閣のように儚い、けれど暖かい光景をライドウは複雑な思いで見る。
ガラクタ君、と彼が呼ぶそのマネカタの、その覆いの下の顔はおそらく端正なのだろうと思いつつ。

ガラクタマネカタと談笑するシュラの手の中にあるのは、新しいマガタマ。名はソフィア。
同じくこの店に並んでいた、そして既にシュラのものとなった、カムロギの45000マッカも、
ヴィマーナの75000マッカも安いものでは無かったが。

(キミの役に立つんじゃないかと思ってね…)
そう言っておきながら、その120000マッカという法外な値段は何だ!と、陰で憤る仲魔を視線でなだめたシュラは、よく分かっている。

自分たちですら見つけられないソレを3つも見つけるために。
おそらくは彼はそれ以上の代価を支払っていることを。

(けっこう探したよ。)
そんな簡単な言葉で済ませられる苦労ではないことを。

……そしてシュラの仲魔達も、そしてライドウもまた、分かっている。

(また、何か 見たことも無いものを 探しに行きたいなぁ……)
「キミの仲魔にしてもらおうかなあ…」
冗談のように語る彼のその言葉が、本当は冗談では無いのだろうと、いうことも。

シュラの足手まといにならぬ強ささえあれば。きっと彼もそうしただろう。
今、仲魔になっているフトミミと同じように。美しい悪魔の傍で生きることを。



◇◆◇



『これはまた。予想外の敵も多いようだな』
面白そうにニャアと鳴く先達の尻尾を踏みつけたくなるのを、少年は耐える。

道を歩けばアクマが落ちる現実はもう、慣れた。
彼に助けられたマネカタ連中がことごとく落ちたのも仕方ない、と諦めた。

だが。敵対するはずの天使共まで天から落ちる、というのは納得いかない。
無表情な美しい顔の下で、分かるような分からないような愚痴を垂れ流す十四代目の前には。

ずっと欲しかったマガタマを手に喜ぶ主の前で、良かったですねと白い羽を羽ばたかせる天使共。

「σοφια (ソフィア)って、たしか、知識って意味だったっけ?」
「ええ。知恵、という意味もございますね」
他者を牽制するように主の方に翼を寄せ、青き瞳をきらめかすのはウリエル。

「貴方様にふさわしいマガタマでございますこと」
なろうことならこの花も貴方様に捧げたいところですのにと、白百合を手に微笑むのはガブリエル。

「強き名を持つこのマガタマ。きっと貴重なる御身を守ってくれることでしょう」
貴方さえ望まれるなら、我が癒しの業、総てを捧げますのにと呟くのはラファエル。

――― ソフィア。

おそらくは属性LIGHT最高位のマガタマ。
なるほど奴らが浮かれるのも無理は無いと思いながらも。
つい先日までヨスガの使徒であった彼らが、あっさりと創世の悪魔の前に膝を折り。
さながら手乗りの小鳥が主人の愛撫を求めて、競い合い囀りあうような状況に
黒衣の美少年はげんなりとした思いで溜息をついた。



……のは、どれほど前のことだった、だろう。


ここは邪教の館。
貴方様のために“より高きモノ”となりましょう、と。
嬉しげに誇らしげに合体の台座へと飛び上がったミカエルが告げたその数秒後。

場所と相手は異なるものの、ほぼ同じ状況を目の前にしてライドウは頭痛を覚える。

「ソフィアの全てを取り込まれたか、我が主」

つい先日、アマラの底ででっかい体躯で散々に自分たちを苦しめたその相手が。
あっさりと膝を折り、シュラの足元に口付けんばかりの礼をとるのを見ながら。
――― メタトロン、お前もか。と罵ってやりたいのを、耐える。

シュラと出会ってこのかた、自分は恐ろしいほどに自制心が強くなったぞと間違った自画自賛をする召喚師の前で小ヤーヴェとも称される最強の天使は謎の言葉をシュラに語る。


「我が主。貴方様はαにしてΩ」
「アルファにしてオメガ?」
何のこと?ヨハネの黙示録の言葉だっけ?と眉を寄せる主に向けられるのは優しげな表情。

「本当は、もうお分かりになっておられるのでしょう」
我等全ての母にして恋人。大いなるアイオーンの総てを取り込まれし御方よ。

その、メタトロンの何かを含めたような言葉に。
目の前の当の天使を倒した後、アマラの最奥へと降りる寸前で進む足を止め。
少し考えたい、と一度、地上へと戻った創世の悪魔はピクリと震える。

「…何を、知っている?メタトロン?」
「私の人の頃の名前は、エノクと申します。我が、愛しき御方」
「エノク……イーノック。天の、書記官?」
天の事象、地の事象。その全てを記し留めた知恵者。

御賢察のとおり、と笑むメタトロンの機械的な表情は嬉しげとしか見えず、
もうお分かりになっているのでしょう、ともう一度、繰り返す。

「貴方様が受けるすべての苦行は、貴方様への試練」
果てしなきそれに耐え、光とピスティスの理解を得たときこそ。
「貴方様は貴方様の本来あるべき場所へ復位されることでしょう」

どうか。地の竜を討ち滅ぼす(いかづち)となりて。
本来のお姿と正しき(ちち)の恩寵を取り戻されんことを。

跪いたままのメタトロンが、シュラの手を取り、その甲に口付けようとしたその瞬間に。

「えっ!」

バサリと外套を翻して、その不埒な天の使いから想い人の姿を隠した人間は知らない。

うわ。ラ、ライドウ、何するのー!と慌てる彼を引きずって、その場から去っていく自分の背中に。

「なるほど。天と地と、人、ですか」
……今生ではどれを選ばれることか。我等が母にして父。

そう、冷静なる書記官の声がかけられたことを。






Ende

ボルテクスtop


反転
くどい説明は放棄しました。
ソフィアは調べれば調べるほどに魅力的な言の葉。

ぜひ貴方様も図書館で古書店で本屋さんで、知の迷宮へ。
(ガブリエルの台詞の含みが分かっていただけると幸い)