決別



「ありがとう、ライドウ」

たった今、ルシファーに止めを刺したその(つよ)き腕をゆっくりと下ろしながら、
シュラはライドウに微笑みかける。この戦いに勝利したのは彼の助けのおかげだとそう言って。
だが、ライドウがその笑みに返事をする間もなく、シュラは上を向いて、言葉を続けた。

―――父上(・・)、約束ですよ」
そして響くのは先ほど倒したはずの者の声。
「承知しておるわ。惜しいが、仕方あるまい。お前の望みだからな」

その声が返った瞬間に、ライドウとゴウトの周囲に、キン!と見えない壁が発生した。

『結界?!不浄門か?!』
「な、どういうことです!?シュラ!!」
驚いたゴウトとライドウがシュラに問う。

「依頼終了だ。探偵さん」
結界に手をつけて問うライドウに、同じく結界に手を添えて簡潔に、
簡潔に過ぎるほどにシュラは答えた。
「終、了・・・?」
知らぬ異国の言葉を聞いたかのように、ライドウは呆然とその言葉を反復する。

「ああ。俺の調査と討伐、だっただろ?もう討伐の必要は無いから、終了」
『・・・では、我らは、帝都に戻るのか』
「ええ。ゴウトさん。こちらに来られた時から、半日も経たない程度の時空に帰れるようにしておきましたから、……後は、よろしくお願いします」
『・・・感謝する』
全てを承知したようなゴウトとシュラを見ながら、ライドウは言葉を失う。

―― 確かに。
――― 依頼が終われば、去るのが当然だ。
―――― だが。

「シュラ!僕は、まだ」
――― 貴方に、伝えていない。何ひとつ。


「・・・それ以上、何も、言うな」
そう言って、シュラは真正面からライドウを見据えた。その瞳は魔力を濃く秘めた赤。
「シュ」
「言 う な」
その強大な魔力で押さえ込んだのか、ライドウは言葉を紡げなくなる。

そしてその赤い瞳で、ライドウの黒い瞳を覗き込みながらシュラは呪いをかける。
「お前は、俺のことを忘れる」
(何を)
「帝都に着けば、ソコで不要なことは全て、忘れる」
(何を言って)
「お前は、お前の世界で、お前の大切な人たちと、幸せに生きろ」

(……どうして)

出せない声のかわりのように、す、とライドウの目から流れた雫にシュラが驚く。

「……初めて見たな。お前の涙」

(……どうして)

スウ、と結界を超えたシュラの手がライドウの頬をなぞり、涙を拭う。

「俺の代わりに、人として、幸せになって。ライドウ」
そう言って、にこりと笑う。

(……どう、して!)


やがて、結界を境にゆっくりと二人の位置が上下にずれていく。
ライドウとゴウトは上へ。
シュラ達は下へ。

「!」
咄嗟にライドウはシュラの手を掴んだ。
――― 崖から堕ちゆく自殺者をひき止めるかのように。

「・・・離して、ライドウ」
「いや、です」
シュラの瞳の呪縛から解かれ、ライドウが答える。

『ライドウ。シュラを離せ!下降する力の方が強い。このままだと、お前まで』
――― 堕ちる。
「いや、だ」

「離して、ライドウ。お前の手を、切るよ」
「……っ。かまいま、せん」
「……ライドウ」

仕方ないな、という小さな呟きが聞こえ、フワリとシュラが浮き上がる。
そしてそのままライドウを立ち上がらせると、前置きも無く唇を触れ合わせた。
驚いたライドウが繋いだ手の力を緩めると、ごめんね、と唇の上だけで声がして。

「じゃあな、ライドウ。俺のこと、思い出しても平気なぐらい幸せになったら、思い出していーよ!」
そう言って、笑いながら手を振るシュラは、既に、結界の向こう側。

「シュラ!」
「元気で!」

そして彼は、いつものように屈託無く笑いながら。
――― 堕ちていった。

泣きながら、名を呼び続ける男を残して。







――― ご苦労だった。探偵。

(誰?)

――― お前達のおかげで、我等は最高傑作を得られた。感謝するぞ。

(何の、ことだ?)

――― お前を返すのは惜しいが、シュラのたっての願いだ。
シュラの望みどおり、全てを忘れて生きるがいい。

(シュラ?)





(……それは、誰のこと?)


Ende

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そしてゴウトさんがタイピングしないといけなくなったプロセス