ほの暗い部屋に、ゆらりと暖炉の炎の影が映る。
狭くも無く、広くも無いその部屋では一人の老人が椅子にゆったりと座り、
右手を伸ばして、傍に居る何かを撫でていた。
ゆっくり、ゆっくりと撫でるその手の動きから、おそらく猫だろう。
しばらくの後、猫が飽きたのだろうか。
ふるふると首を振るような気配がし、老人は、ふ、と笑って、その手を引き上げた。
そして、猫のいる方に向かって独り言のように言葉を紡ぐ。
「ワカがお前に伝えてくれと」
撫でられていた猫は胡乱気に体を起こし、その金色の目を老人に向けた。
「もうすぐ狐が壊れるが、良いか、とな」
炎の影が映ったのか、黙ったままの猫の金の瞳に赤い色が揺れる。
「壊すのが貴方の喜びでは無いのですか」
猫のようにしなやかにその場で伸びをしながら、老人に撫でられていた猫――― 人修羅は答えた。
「確かに。強きものが壊れていくのは美しいものだ――― だが、壊すには惜しい者もある。
生きて動き、もがき苦しむゆえの美もあろう」
お前のようにな、と、愛しげに老人は眼を細めて自らの最高傑作を見る。
「手の中で弄ばれるぐらいならば、いっそ一息に壊れるほうが幸せかもしれませんよ」
不機嫌さを隠しもせずに、睨む瞳の輝きは老人の最も好むものの一つ。
「そうだな。だが、美しいものが、下賎なものに醜く壊されるのは私は好まぬ。
お前とて、かの者がそうなるのは惜しむであろ?」
――― この方の囁きは優しく甘い毒だ。
「……ボウはどう言っているのですか、ロウ?」
「アレは今休んでおる。が、お前の望むことを望むだろう。我らは皆な」
――― お前は我らの愛しい子供なのだから。
「時の回廊を開けておく。お前の好きに使うがいい」
部屋を出て行こうとする人修羅の背に老人は優しく言葉を投げた。