ぬくもり




チュンチュン、と鳴く小鳥の声を聴きながら、いつものようにライドウは目をさました。

窓から差し込む朝日はこの時期にしては明るい。休みの日とはいえ、寝過ごしたか、 お目付け役が起こさないのも珍しいと思いつつ、ライドウは右手で目を擦り、起き上がる。

……つもりが、起き上がれない。常に無く、体が重い。特に左腕が動かない。怪訝に思って、横を
向き、そこにあるものを確かめて。ライドウは声にならない悲鳴をあげた。


(な、なななななな、シュ、シュラ?ゆ、夢?じゃなくて?昨日のあれ、現実だっ、た、の、か。
またいつもの夢だと思って。…………ああ、なんて幸せな朝だ。
……じゃなくて!どうして僕の布団で貴方が寝ていて、それもどうして僕が腕枕して、
い、いや、そんなことより、ど、どうして、女性体、に、なって……。
……はっ、もしや僕が何かしてしまったとか? あ、ありうる。だ、だって、ずっと焦がれてた人が横で寝てるんだから、無意識で手が伸びたり、抱き寄せたり、××したり、しても、不思議じゃ、ない。
あ、あああ、どうしよう。どう、責任を取れば。いや責任なんてよろこんで取りまくるけど、シュラが
目を覚まして僕を憎悪の目で見たら……っ。そんなことになるぐらいなら、死んだほうがまし、だ。
……そうだ、死んでお詫びをすれば許してもらえる、だろうか)


『……言っておくが、お前は何もしとらんぞ、ライドウ』

ライドウがシュラの存在を認識してから、そこはかとなく事情を察したゴウトが上の台詞をくれてやるまで、ほんの2、3秒。切腹するに然るべき場所の選定に入っていたライドウの恐るべき処理速度を持った思考回路は、やっとその暴走を止めた。

「ゴ、ゴウト、……え、で、では、この状況は」
『昨晩鳴海が帰ってこなかったから、お前の部屋で一緒に休むことになっただろう?』

家主の許可も無く、勝手に他の部屋を使うなんてダメだよ〜という、至極真っ当なシュラの意見が通り、予備の夜具を出して二人並んで寝ることになったのだ。

「し、しかし、それぞれの布団で、寝ていたはずだ」
『寒かったみたいだぞ。暖を求めて寝ぼけて擦り寄っていったようだった』

「……それを黙って見ていたと」
『お前もお前で布団にもぐりこんだシュラを無意識で幸せそうに抱きしめていたし、まあ、害がある
わけでなし、たまにはいいかと』

「よくない!大体、どうして女性体になってるんだ!!」
『それは我も分からんが。……本人に聞いてみろ。お前の声で起きたようだ』

気付くと、う……ん、と、唇を軽く開いて、ふわぁ、と小さく欠伸の声をあげるシュラ。
その顔を左腕にのせたままの至近距離で眺めるライドウは硬直した態で動かない。
やがて、ライドウの目の前の睫毛がふるふると震え、ゆっくりと灰色の瞳が開く。
朝日の眩しさに思わず細めたその色は、光を受けて銀色に変わり、その焦点がライドウの黒い瞳にゆっくりと合わされる。

「おはよう。ライドウ」
「お、はよう、ござい、ます」

普段より高めの、やわらかいアルトソプラノ。微かにかすれたその声で与えられた朝の挨拶は、
弱点攻撃にも等しく、ライドウの硬直を更に引き伸ばす。

「ああ、ごめん。寒かったから、こっち来ちゃったみたい。狭かった、よね」
「い、いえ。それはいいのですが、なぜ」
「ん?あ、腕枕しててくれたんだ。ごめんごめん。すぐ起きるから」

「そういうことでは、あ、ま、待って!シュラ!!待ってくださいぃいぃい!!

「あ、れ。……あ!き、きゃああああああっ!!!

『おい待て!シュラ!!ここで死亡遊戯は出すな!!!



……お約束といえばお約束。予想通りと言えば予想通り。

男性体の時にシュラが着ていた夜着(ちなみに当然といえば当然だがライドウのものだ)が、より
華奢な女性体に変化した後、無事に一晩そのままであるわけがなく。
起き上がったシュラから掛け布団が重力に従って落ちると共に、
その夜着も当然ながら、そのまま法則に従って引っ張られた。



……地球の中心の方向へ。


◇◆◇


「〜〜。ごめん、なさい。騒いじゃって」
『まあいい。技を出す前に止めてくれたし』
「……」

「ライドウも。ゴメンね。また服借りちゃって」
「……」

「〜怒ってる?」
「い、え」

『……しばらく、放っておいてやれ』
「?う、うん。ゴウトさんがそう言うなら」

あの後、必死で目を逸らしたものの視界に入ったしなやかな肢体に惑乱された上、 女物の着替えなどあるわけもない故に、自らのシャツをシュラの白い素肌に着込まれてしまっている(ちなみにズボンは「邪魔!シャツで十分隠れるからいい!」と瞬時に却下された)という、何だかもう男の浪漫まっしぐらな現状に、さすがのライドウもいっぱいいっぱいだ。

『しかし、何でまた女性体に』
「うーん。それなんですけど、最近ちょっと調子が悪いみたいで、よく、なるんです」

『よく、なる?』
「今日のは、昨日ちょっと力を使いすぎたせいかな。と思うんですけど。
ワカや、ロウが言うには、気が弱ると女性体になるらしいから」

『理屈からは正しいな』
「え」

『その形の方が外部からの気を取り込みやすい。陰の性だからな』
「そんなもんなんですね。はー、そっか。だからかぁ」

でも、どうも慣れなくて、大変なんですよ〜。声かけてくる悪魔も、仲魔たちの心配性も二乗されるし。別に女性体になったからって、何がどうなるってわけでもないのに〜。 と
愚痴るその姿さえものすごく可愛いことに気付いていないシュラが首を傾げる。

「どれぐらいで、元に戻るのですか?」
「うーんとね。昨日の戦闘量だと、2日ぐらいじゃないかな」
あ、ライドウが復活した、と思ってその顔を見るも、視線は微妙に逸らされたままだ。

「その間。服、はどうします?」
「そうだね。これだと人の形をとって外に遊びにも行けないし」
そう困ったようにシャツの裾をつまむのは激悪だから、止めて欲しいと思うライドウである。

「……まあ多分、適当にワカが届けてくれる気がするから、それまでこれでいいよ」
「……「それ」で、いいのですか?」
「うん。悪魔の形を取れば、見えるのはライドウ達と悪魔ぐらいだし、別にこのまま出かけても構わ」

「構います!」

「え」
「絶対にそのまま出かけたりしないでください!着替えるまで仲魔の召喚も禁止です!」
「え、えぇぇ〜」
「逆らうと、朝ごはん抜きますよ!」
「あ、そういえば、朝ごはん、まだだった。お腹すいた〜」

昨晩の夕ごはんの絶品さに、何だかうまく餌付けされてしまったシュラである。

「では。すぐに準備しますから。そこに!動かずに!居てください!」
そう言って水屋へ向かうライドウにシュラの返事が返る。

「はーい。分かりました〜。ご主人様〜」

……ゴン!

「ん?何の音?」

『……放っておいてやれ』




◇◆◇


「あー美味しかった。ホント、ライドウ、料理の腕上げたね〜。すごい〜」
「そ、そうですか」
朝食後、満面の笑みで手放しで誉められたライドウは照れながらも嬉しそうだ。

「でも今度は私に作らせて!ゴウトさんにも手料理ご馳走するって、約束してるし」

ああ、そういえば。と思いつつ、ライドウから漂ってきた冷気にゴウトは背筋を振るわせる。

『ま、まあ、我はいつでも良いから、早く体調を戻せ』
「はい。ゴウトさんは、本当に優しいですね♪大好きです!」

……更に温度が下がった冷気に背筋が凍りそうになる。

「でも、しばらく居候になっちゃうし、私でできることあったら言ってね、ライドウ」
「は、はい」
「ライドウの好物とかある?できるものなら作るから、また教えてね」


……一瞬で消失した冷気にゴウトが安堵の溜息をつく。

じゃあ、後片付けが私がするね〜。よっこいしょっと。
! お願いですからその格好で歩き回らないでください。
これ?気に入らない?服借りっぱなしなのは悪いとは思うけど。
だからそうじゃなくて。〜〜〜。(透けたり揺れたりちらっと見えたりするんですってば!)

ほんわかと交わされる会話を聞きながら、この不器用な二人の今後を思いつつ、
とりあえずはまあいいか、このままで、とどこか達観した思いで、黒猫はぐるりと丸くなった。





Ende


帝都top



「え?大学芋?あれって確か地域によってまったく違うモノなセオリー」
「……ところで、いったいどこから、その話し方が伝播したプロセス?」