仮眠




「ライドウ、ただいまー」
昨日から出かけたままの鳴海が帰ってきたのは、晴れた日の穏やかな昼下がり。

「あれ?……出かけたかな」
返事の無い室内を見回した鳴海は、自らの席に着こうと部屋を横切った。

「なんだライドウ、仮眠中?……って、えええええええ!ぇぇぇぇぇっ!!!!」
ソファには、黒い外套をかけて眠っている美少女が居た。
大声を出す自らの口を慌てて塞ぎ、彼女が起きないことを見て、安堵の溜息を吐く。

(なんでなんでなんで、こんなところで、こんな可愛い子が寝てるんだ!?)

経歴上鳴海も、年齢を問わず様々な「お嬢さん方」とのお付き合いは少なくない。
中には惚れ惚れするような美人も居なくは無かったけれど。

(これは桁違いだよ〜。眼の保養なんてもんじゃないな)

わぁ。まつげ長い。肌もきれいだし、髪もサラサラだ〜、触りたい〜。
足も細くて、白くて、めちゃめちゃ形いい…って、えぇえ、裸足だよ!どうしよう!!

この場にアズミやサティが居れば、おっさん、おっさん!と激しく突っ込んでくれるであろう思考回路を鳴海が巡らせていると、
「ん……」
と寝返りを打ちかけた彼女から、黒い外套がゆっくりと滑り落ちていく。

次第にその肢体が露になっていく様子に、鳴海の思考は停止しかけたが、
「あわわ」
と、外套がずり落ちる前に受け止めることには成功した。

(ええと、これ、掛け直してもいいよ……ね。犯罪じゃないよね)
やや思考を明後日のほうに飛ばしながら、鳴海は外套を彼女に掛け直した。

(はぁ。こりゃ、眼の保養っていうより、眼の毒だよな)

すぅすぅと、健康的な寝息を立てて、少女は眠る。
(Sleeping Beautyって、こんな感じかな)

「う……ん」
髪が一房、顔にかかって煩そうにする彼女に気づき、鳴海はそっとその髪を直してやった。
そして、楽になったことでの無意識か、薄く微笑んだ彼女から手が離せず…。

「それ以上触れれば、殺しますよ」
「うわぁっ!」

振り向くと、買い物籠と殺気を抱えたライドウが後に立っていた。

「お。お帰り。ライドウ」
だらだらだらだらと滝汗を流しながら鳴海が言うと、氷点下の声でただいまと返ってくる。

(そうかぁ、ライドウの客かぁ。つーか、外套掛けている時点で分かりきっているのに、どうしてすぐ気づかないかな。ああ、俺って探偵失格?)

「鳴海さん。今更なことを考えてないで、そこ 退いていただけますか」
切り返しようも無い辛らつな言葉で鳴海を退かせたライドウは、眠っている彼女をそっと揺り起こす。が、なかなか起きない。

「シュラ、起きて。シュラ。…………っ、困ったな」
「もう少し、寝かせてやればいいじゃん。どうせ客来ないし」
「いえ。そういうわけにも」
「何なら、お前の部屋で一緒に寝てきたら?」
「……な!何を!///そんなこと……(昨晩からやってしまってました)」

珍しく顔を赤くしたライドウに、およ?と鳴海は思い、内心にやりとする。
「ねえ、ライドウ。その子、お前の恋人?」
「……っち、ちがいます!……まだ」
ますます赤くなるライドウに鳴海の悪戯心がむくむくと起き上がる。

「起きないお姫様にはさ、王子様の接吻だよなぁ。ライドウ」
「……っ。…………鳴海さん?面白がっていますね?」
耳まで赤くした助手を見て、してやったりと思いつつ、鳴海は安堵する。

長い間、ライドウはおかしかった。

仕事に支障が出たわけでは無い。体調を崩した訳でも無い。
ただ、いつも何かを探しているような、何かを忘れて思い出せなくて苦しむような、
そんな悲痛な表情をして毎日を必死でやり過ごしていたように見えた。

(本当の笑い方も忘れたように見えたよな)

久しぶりだ、こんな、以前に見せてくれていた柔らかい表情を取り戻したのは。
傍から見ていても、幸せそうな顔を見せてくれるのは。

(この子のおかげなんだな)

「……良かったな。ライドウ」
口調の違いを敏感に感じ取ったのか、ライドウが真顔になり、鳴海の顔を見つめる。
「……はい。ご心配をおかけしました」
そういって頭を下げるライドウを見ながら、鳴海は、もう安心だと、そう思った。

やがて、「彼女」が「彼」でもある、いろいろな意味で「最強最悪の悪魔」だと分かったり、
性別も種族も超越した愛情に覚醒したライドウが、予想を遙かに超える行動を起こしたり、
そんな二人が「恋人」になれるまでに、これまた予想外に時間がかかったり……。

まあ色々と問題は発生しまくるのだが、とりあえず「今の鳴海」には探偵社の未来は明るかった。




Ende

帝都top


おまけ

「しかし、きれいな脚だよね〜」
「……見たんですか?」
カチリ
「コ、コルトライトニングはやめようよ」

(ウチのシュラは帝都では戦闘時以外は人間体に変化します。
じゃないと力が駄々漏れなので、大変です、という設定)