築土町 銀楼閣
鳴海探偵社
「……あれ?」
「ん?どうかした?シュラちゃん」
「これ、って、大学芋?」
「……と、思いますが?」
甘味屋釘善の大学芋。
タエさんがシュラ君とライドウ君と、ついでに鳴海さんに、と言って持ってきた手土産。
人当たりが良く口達者。なおかつ「正しい意味」でのフェミニストであるシュラが、
彼の固有技である、”天然必殺笑顔”で、あっさりとタエさんを悩殺したのはつい先日のこと。
(ちなみに「ああ、また、厄介なのが……」と誰かが思ったとか思わなかったとかは秘密だ)
その結果。
「か ー わ ー い ー い ー !こんな弟が欲しかったのー!!」
と浮かれた新聞記者は以前より頻繁に探偵社にやってくるようになった。
……彼が喜びそうな手土産付きで。
「あれ?シュラ君。お口に合わなかった?」
「いえ。キチョウさん。俺が知ってるのと少し味が違っただけで」
とても美味しいです。いつもすみません。と柔らかく微笑む彼はやはりそつが無い。
「じゃあ、知ってる味って、どんなの?シュラ君」
「えと、蜂蜜じゃなくて、飴がかかってるんです」
「「「飴?」」」
「あ、飴って言っても、ほら、砂糖を鍋にかけて煮詰めたやつを」
だから、表面がパリッとしてるんです。ゴマもかかってなくて。ええと、ちょっと違うけどリンゴ飴の
お芋版、みたいな。
そして
「……ああ、そういえば俺、大阪でしか食べたこと無かったかも、だから違うのかな」
と独り言をつぶやいた彼が、どこか切なげな表情を浮かべたからなのか、
それとも単に未知なる美味への興味がその場に沸き起こったからなのか。
一刻後、暇を持て余していた探偵社はシュラ先生のクッキング教室へと変貌を遂げていた。
(ちなみにタエちゃんは、どうしても抜けられない取材があるとかで未練タラタラで半刻ほど前に出かけて行った。「戻ってくるから、私の分も残しておいてね!!」と強く念を押して)
「シュラちゃん。ホントに材料は、サツマイモと砂糖だけでいいのー?」
「はい。あ、揚げ油はありますよね」
「ええ、大丈夫です」
「バットは?」
「「バット??」」
「あー。えーっと。揚げた芋を広げて置いておく大きな皿みたいなものがあれば、できれば網も」
「はいはーい。天麩羅用でいーよね」
意外というか、予想通りというか。
非常に手際の良いシュラの指示に従い、ものの小一時間でシュラ曰く
「大阪ではこれを大学芋って言ってたよ〜。中華料理のデザートに出てきてお土産にもなるよ♪」
という代物ができあがった。
「んじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
見慣れた大学芋と違い、粘度の高いネチョ、硬度のあるカリという箸先の感覚に戸惑いながら、
鳴海とライドウがそれを口に入れる。
「「……」」
「ど、どう、かな?」
「「……美味しい」」
「えー何コレ。全然別物だよね。ほんとだ。カリッとしてる」
「この飴の感触もいいですね。すごく、美味しい、です」
思いのほかの絶賛に、どこかホッとした様子のシュラである。
「良かった〜。じゃあ、用事で出たタエさんにも置いておきますね。ライドウ、この皿でいい?」
はい、と答えかけたライドウは続く言葉に絶対零度をかけられる。
「あ、そうだ。確か、雷堂さんも同じ好みだよね?ライドウ?」
「……はい」
「じゃあ、ちょっと持っていってくるな。たくさん作りすぎたし」
どうせ、この時間なら、アカラナ回廊だろ?と聞かれて、返答に詰まる。
「……えーとシュラちゃん。俺、明日も食べたいんだけど、置いておいちゃダメ?」
探偵所内の気温が急降下したことに気付いた、最近微妙に苦労人の鳴海が言葉をかけるも。
「あー、すいません。これって、その日の内に食べないと美味しくないんですよー」
だから、食べたいならまた作りますよ♪と、にっこり却下される。
「……ゴウト、この後の予定、は」
『ヤタガラスの依頼が入っているぞ。半刻後には電車に乗らねば』
「……」
『あちらも業斗がついていることだし、問題は無かろう。そもそもアカラナ回廊はシュラのファン倶楽部の
巣窟になっているのだし、危険はまず無いぞ』
(だから、余計にシュラだけで行かせるのは嫌なんじゃないですか……っ!)
……とりあえず、説明しよう!
以前のアカラナ回廊での、マーラ戦の際。女性体シュラの強さと美しさと可憐さに見惚れた男性悪魔(一部の趣味の異なる層
を除く)が雪崩を起こし。
更に数日後、男性体に戻ったシュラがフェンリルと戯れている際に、その可愛さとしなやかさと
柔らかい笑顔に胸を打ちぬかれた女性悪魔と、残りの男性悪魔(趣味の異なる層)が総崩れを
起こしてしまったのだ!
◇◆◇
(……大体、モトもトールもリリスもバロンもマダもランダもアラハバキもドミニオンもデカラビアも散々
あっちでシュラに「戦闘して」もらっていたくせに!)
(……知ってますよ。モト。あなた、シュラとの「戦闘」
を終わらせたくないばかりにひたすら眼光かけていたでしょう!!ヨヨギのマフラー少年と同じ路線を狙ったわけですか!!こっちでは、おまけに話し方までわざわざ
変えたりまでして!!姑息な!)
(トールなんてイケブクロ以降、シュラのストーカーと化していたくせに、まだここでも諦めない
つもりですか!しつこい男は嫌われますよ!大体、何ですか、そのハイレグは!ロキもあなたも、何で
そう無駄に露出度が高いんですか!ホントに北欧出身ですか!!それか寒さに強いから暑いんですか?!
暑いからそんなに露出度が高いんですか?!)
(……リリスはあれですね。本当は貴方がシュラを誘うはずだったのを@ラスの都合で変更された※のを
今でも根に持っているでしょう。
その肉体の解放はいいかげん飽きましたからやめてください。シュラの目が穢れます)
(そしてバロン!その首のフリフリはシュラが喜ぶからやめなさいと何度言えば……)
……いや、それ、アンタ、他人のこと言えないから、つか、何でお前がそれを知ってるんだ!とか
誰かが突っ込みたくなるような悪魔どもへの愚痴を延々と脳内でライドウが吐露している間に、
シュラは着々と大学芋を弁当箱に詰める。
『……ライドウ』
「何か」
『……まだ愚痴は続いているのか』
「ちょうど今、「見える……シュラ殿と私が恋人同士になっているのが」とか寝ぼけたコトを抜かした
クダンを叩きのめしたところだが」
『……そういえば、サンダルフォンの兄弟口げんかも壮絶だったな』
……わざわざ別の時空のメタトロンまで携帯電話(何でそんなものがあるんだ)をかけて
(「兄上!どうして今まで、こんな方が居るのを黙ってたんですか!」
「お前には関係の無いことだ。世界が違うのだから」
「……って、私には見せたくなかっただけでしょうがっ!しらじらしい!!」)
「……赤くなって、剣を9本とも地面にカランカランと落っことしたフツヌシも見ものだった」
しかも匠の技を使って、ダイヤモンドと技芸神金で指輪まで作って準備するとは何と姑息な!
『そう言うな。シュラに「悪いから受け取れないよ。こういうのは可愛い女の子にあげてね」とか
あっさり断られて、思い切り落ち込んでいたではないか。剣を9本とも地面に突き刺して』
「自業自得だ」
――― そして。
延々と語りあう悪魔召喚師とお目付け役を「何だか分からないけど楽しそうだなー」と思いながら
無事に大学芋を詰め終わったシュラは、
「んじゃ行ってきます〜」と、あっさりと手を振って出て行った。
「!……ああっ、シュラ、せめてもう少し、たくさん服を着ていってください!」
『……どうせ邪魔だとか言って、脱ぐだけだぞ』
そして脱衣しているシュラを見て、また周りの悪魔の忠誠度?(でいいのか?)が上がるだけだぞ。
前もそうだっただろうが、と黒猫に突っ込まれて。
恋敵が多すぎる悪魔召喚師は。
ただ黙って。
痛むこめかみを押さえた。