築土町 銀楼閣 鳴海探偵社
ゴウトは深く苦悩していた。
彼の目の前の布団に横たわる、疲労困憊といった態の美しい悪魔は、かの混沌王である。
ちなみに、混沌王とは、神と悪魔の戦いの切り札とされる、最強最悪の悪魔である。
何度も言うが、世界を一つ潰してきた、ほんっとうに最強で最悪の悪魔のはずなのである。
(その、混沌王を……)
「ああ、すみません。ゴウトさん。ご心配かけちゃって」
『いや、こっちこそ……』
ああぁ、もう。続きは何と言えばいいのだ!本当にありがとうか!ホントにごめんなさいか!
先ほど、こちらに戻った我が、あまりにも目覚しい変化を遂げたヤツに驚いて。
『見違えたな、十四代目』
と、心の底から感嘆の声を与えたときは、まさか、このような苦悩が待っているとは夢にも。
ライドウを見るに、この優しい悪魔がどれだけヤツを癒してくれたかは一目瞭然だが。
反して、この悪魔を見るに……。
(……ライドウ。……お前は、我慢とか節度とかいうものをどこに落としてきたのだ……)
HPはまだいい。アイテムで補充したようだ。……だが、そのMPの減り様は何事だ!
一体何をどこまでどうやれば一晩でそこまで減らせるのだ!しかもシュラは隠しているつもりのようだが、何だ!その首の不穏すぎる痣は!!シュラの仲魔にでも見られてみろ、即座にここで最終戦争勃発だ!
「いえ、情けないですね。俺。これぐらいで参っちゃって」
『いや、そんなことは』
ああ、せめてこの優しい悪魔が一言でもヤツの無体を愚痴ってくれれば、まだ救いがあるものを。
「うん。さすがライドウはゴウトさんがお目付け役をするだけのことはありますよね」
『……頼む。今だけは、それは言うな』
「え?」
『……いや』
未だかつて、これほどに針の筵的な褒め言葉を受けたことがあろうか!いや無い!!
カチャ。
「シュラ、どうですか。朝御飯、食べられそうですか?」
お目付け役の苦悩も知らず、この色ボケ鬼畜悪魔召喚師は……。
「あ、うん。ごめん。ライドウ。今日、俺が当番だったのに」
お前も何でそうこの鬼畜に優しいのだ。だから、コイツが余計につけあがるのだ。
「いいえ。じゃあ、食べられそうなら準備しますね」
長い業斗童子生活の中で、初めて、と言ってもいいほどの、深すぎる苦悩を抱えた黒猫を知らぬ気に、十四代目は嬉々として食事の支度を始めている。
「あ、ゴウトさんも一緒に食べますよね?」
『いや、我は』と断りかけたゴウトは、シュラの瞳に若干の懇願の色があるのに気付く。
『そう、だな。お相伴に預かろう』
ちなみに十四代目からはひんやりとした視線が寄越されたが、無視をする。
そして。
嫌がるシュラに半強制的に「あーん」で粥を食べさせようとする十四代目やら。
自分でやらせておいて、目と口を半開きにした艶めかしさにデスカウンターされた十四代目やら。
その魅了状態のまま、シュラの布団に雪崩れ込みそうな勢いになった十四代目やらの背中を
その度にバシバシと猫の手で突っ込む羽目になった初代葛葉ライドウは。
「もー、お前!今日一日は俺の半径2メートル以内に入るの禁止ー!!」
入ったら、即 魔界に帰るからな!!!と切れたシュラがライドウを部屋から追い出した後、
疲れ果てた声で、言った。
『シュラよ』
「……はい」
『一度、ヤツのマグネタイトを、吸い尽くしてやった方がいいのでは、無いか……』
それを聞いたシュラが。
(俺もちょっとそう思ったんですけど、でも、何だか、今日は無尽蔵に湧いて出てくる気がして……。
それも、怖いんですよ)と、ひっそりと答えたかどうかは。
黒猫様の心の中だけの、秘密だ。