朝 〜北欧仲魔編〜



築土町 銀楼閣 鳴海探偵社

「出てきやがれ、オーディン!」
「ちょ、ロ、ロキ!お願い、落ちつ」
「お前は黙ってろ!!シュラ!!!」

待ってろ!鬼畜悪魔召喚師!!今すぐ、ヘイムダルに角笛を吹かさせてやらぁ!!!

……和室の畳の上で、とてつもなく似合わない決め台詞を叫ぶ北欧産魔王を見ながら、
シュラはただひたすらに焦り、ゴウトはやはりこうなったかと、悟りと諦めの境地に入った。

……時を遡ること、少し。

「え、と。さすがに、マグネタイト、補給しないと、なんですが」と
困り果てたような声で、シュラがゴウトに相談をしたことがそもそもの発端だった。

『……うむ。確かに。しかし、それでは、動けそうにないな』
「でもアカラナ回廊に行きたい、と。ライドウに、頼むのは、色々と、駄目だと思うので」
『……そう、だな』
今のアレに、お前が、他の男の所に(しかも精気の補給しに)連れて行ってくれなど頼んだ日には。
(……)
あまりの恐ろしさに背筋の毛を逆立てたゴウトに。
「ロキなら、大丈夫、だと思うんですが。……どっちも」
召喚しても。多分、色々と見逃してくれるし、……キレないだろうと、どっちも。
ロキに連れて行ってもらっても、フェンリルに連絡つけてもらってもいいですし、とシュラは話す。

(この鈍感王がここまで気を遣うとは。よほど怖い目に遭ったのだろう。気の毒に……。)

自らの後継のあまりの非道さに、涙が出そうだ。恩をどれだけ仇で返せば気が済むのだ。己は。
と痛む頭を抱えながら、ゴウトも『確かに他のお前の仲魔よりは適任か』と答えた。

(あの、見た目は小妖精(こども)、中身は「(おとこ )」なピクシーが来た日には即メギドラオンだろうし、 どこぞの
ケルトの大英雄が来た日には、(ゲッシュ) に懸けてライドウを倒すまではその槍を収めぬだろうし……。
ええい、今回の件(・・・・)に関しては、己の仲魔も多分助太刀してくれぬぞ、この大馬鹿者が!!)

という経緯の元に呼び出された、北欧産魔王は。

「おいおい。シュラ。昨日は大変だったんだぜー。お前、帰ってきたと思ったら、すぐまた戻っちまいやがったから、大歓迎会を準備していたファンクラブの連中が朝まで延々と自棄酒を……」
という台詞と共に現れた。

……そうか。そっち「も」大変だったのか、と思うゴウトの前で、ロキは呼び出したシュラを、一目見た途端に言葉を切り、深い深〜い溜息をついた。

「あー。ヤラレちまったかー。しかも全形態……か?」
「……え?」
「……まぁ。初物は諦めてたからいーけどよ。でもやっぱ、何つーか、実際に直面するとキツイわ」
アレだな。オレって、結構純情だったんだな。絶対、お前に毒されたよな。あー、胸、痛ぇ。

「ロ、ロキ?」
これまで見たことも無いような切ない魔王の表情と、その非常に問題のある発言に焦りまくるシュラの顔を、もう一度ロキが見る。そして、はは、と薄く笑って、主の頬をふわりと優しく撫でた。

「ま、いいよ。それでお前が幸せなら、うん。……良かった、な?……な、なななななななな」
(……ああ、見られたか)とゴウトは顔を伏せる。

「何じゃあ、こりゃあ!」

その伝説の一言と共に、冒頭の大騒ぎに続くのだ。


「呼んだか、ロキ」
と、厳かでありつつも涼やかな声で現れた隻眼の悪魔は、北欧の主神だ。

「おお、シュラ殿。お久しぶりです。いや、お会いできて光栄の極み。おや、お体を壊しておられるのですか。貴方ともあろう方が一体どのような相手にそのような。一言呼んでいただければ、この変態トリック・スターよりは遥かに役に立ちましたものを。何なら今からでも仲魔の変更を」

「おい、オーディン。お前 いきなり何を雇用交渉してやがる」
「何だ、ロキ。人がせっかくシュラ殿と話しているときに」
「……道理で。えらくスッと来やがったと思ったら、やっぱシュラ目当てかよ」
「人聞きが悪いぞ」
「まあいい。話が早い。コイツの首、見てみろ」

(ああ)とゴウトが思うその前で。

「それ」を見たオーディンの歯がギシリと鳴り、その手に持つグングニルが唸りをあげる。
「……俺の馬を呼べ、ロキ」
ラグナロクだ。と、その冷静なはずの口元が、恐ろしい言葉を呟く。

おい待て、それってお前達同士が戦う、世界最後の戦いのことだろうが!お前らがタッグを組んで戦ってどうする!という誰かの突っ込みが届く暇も無く、ロキは己の義兄弟の命を受ける。

「よっしゃあ!出て来い、オレ様の可愛い息子、スレイプニル!ラグナロクなんだから、こうなりゃ、
ついでに、フェンリルもヘルもヨルムンガ……」
「だ、ダメっ!ヨルムンガルドだけは呼んじゃ、駄目!!」

多少の補正があったとしても、確実に銀楼閣が、いや、帝都が丸ごと潰される!!と焦ったシュラがロキの口を押さえたときには。

ボン!ボン!!ボン!!!と。

美しい八本足の馬と、大きな銀色の狼と、半身を青く輝かせる死の女神が、現れた。

……とてつもなく似合わない、和室の畳の上に。




Ende

帝都top