朝 〜雷堂編〜



いきなりで恐縮だが、想像してもらいたい。

あなたには、大好きな双子の弟が居る。その弟は旅先でこの世でもっとも強い美しい獣を拾って
帰ってきた。その獣はもちろん弟のことを何よりも大切に思っているのだが、それゆえに弟の手
からはエサを食べられない。(うっかり噛み付いて傷つけてしまったらどうしようと思うらしい)
しかもその獣。妙に優しすぎる性質らしく、弱い動物を襲って食べることもできないようなのだ。

ある日、貴方はその獣が飢えて死にそうなところに出会う。慌てて介抱し、エサを与えてみると
様々な経緯はあったにせよ、あなたの手からその獣はエサを食べた。そう、あなたの手からだけ。

美しい少女(少年)の形をした、自分の手からしかエサを食べない獣。
優しくて素直で鈍感で純粋で、優しい微笑と寂しそうな笑顔が得意な、泣けない哀しい獣。
そんな獣があなたの傍に居たら、あなたならその獣にどんな感情を持つだろうか?




築土町 銀楼閣 鳴海探偵社


「ラ、ラララララララ」
「えっ?雷堂さん?何をいきなり歌いだして」

「ララララ ライドウっ!!貴様!!よくも我の娘を傷物にっ!!!

………………はい?
「誰」が「誰」の「娘」ですと?

――― どうやら、「彼」にとっての「答え」は、「そう」だったようだ……。


時は少し遡る。

すわ、ラグナロクか!帝都の未来は某鬼畜悪魔召喚師の悪行によって閉ざされるのか!
つか、お前、その帝都の守護者だろーが!ちゃんと仕事しろよ!!な事態になる寸前に。

「いいかげんにしろ!ロキ!!オーディンも!!」
……人修羅様がキレた。いや、キレてくださった。帝都の未来の為に。……ありがたやー。

((……怖い))
滅多に本気は出さないが、よくよく考えれば混沌王。力も魅力も最高値な悪魔がマジギレすると、 どれだけ恐ろしいかを心の底から味わいながら、北欧出身のマント悪魔2体は畳の上で正座中だ。
「まあまあ、人修羅様。父者もオーディン殿も貴方への愛しさゆえにこうも乱心めされたのですから、どうかお心を鎮められて」
そう言いながら、さりげなくシュラにしなだれかかる女神はロキの娘だ。半身を青く光らせる彼女は地獄の女神ヘル。その涼やかな美貌には常に酷薄さと残忍さが垣間見えるはず、なのだが。

「ヘル。主様ニ、余リ、ベタベタスルナ」
「まあ、フェンリル兄様こそ。その身体的特徴を活かして人修羅様のソファになっておられるではありませんか。ベタベタといえば、そちらのほうがよほどベタベタと」
と言い返す彼女のどこにも、そのクールさは見当たらない。

そしてもう一体のお馬さんに至っては。
「ヒヒン」
「……(怒)……スレイプニル。シュラ殿の膝に頭をこすりつけるな」
シュラの足元にうずくまり、隙を見てはその膝にスイッと頭を寄せ、撫でてもらっている。
そして主の命令にも「……ヒン」と知らん振りだ。

「ふふん。ざまぁねぇな。オーディン。自分の馬に命令を無視されるとはな」
「人のことを言えるのか。ロキ。どうやらお前の子供は全員反抗期のようだが」
「く……ええい、何度言えば分かる!!お前ら全員シュラから離れやがれ!!!」

こいつは俺のご主人様だぞ!お前らのご主人様じゃねー!!寄るな触るな手を出すなー!!!

「うるさい、ロキ!大体、全員呼んだの、お前だろうが!!」
と、思わず叱りつけたシュラは、しかし、そのままフラッと目眩を起こし、カクリとフェンリルにもたれかかる。

『「「「「「う……わぁ」」」」」』

辛そうに顰めた眉やら、軽く伏せた目元やら、はぁと喘ぐ唇やら、動いた拍子にややずれた着物から見える肌やら、気だるげに動く首筋やら、悩ましげに(以下略)。

(出たな。必殺「肉体の解放・改」美少年バージョン。しかも昨晩で更に威力が増したようだな)
と、チャーム&バインド&クローズ状態の周囲を見回しながら、ゴウトは溜息をつく。

しかし、この技。本人が全く無意識で発動しているから、始末に終えん。
ああ、ライドウがこの場に居なくて本当に良かった。今ここで襲い掛かってみろ。
せっかくシュラが止めてくれたラグナロクが再度勃発だ。


と、まあ。そんなこんなが、ありまして。


トックン、トックン、トックン、トックン……。
あー癒されるー。甘い点滴打たれてる感じ〜。やっと人心地ついたよー。

「……どうだ。大丈夫か?」
「……はい。ホントにありがとうございます〜。もう少しで死ぬところでした」
「いや、礼などいいのだが」
と、いつものごとく、やや照れて下を向く彼は十四代目葛葉雷堂である。
ちなみにシュラが点滴と称したそれは、手をつないでのマグネタイト補給を指している。

「しかし、こいつらは、何なのだ?」
シュラの手を握りながら、雷堂は周囲を見回す。
フェンリルとロキは分かるのだが、他の悪魔は見覚えが無い。
しかもロキともう一人のどう見ても高レベルな悪魔は……正座させられている?

「ああ、気にしないでください」
「気にするな、と言われても」
「そんなことより、もう一つお願いがあるんです!」


(……どうも腑に落ちん)と雷堂は首を捻る。
どこか疲れたようなフェンリルに連れられて、こちらにやってきたのはいいが。
(急いでいるとは言え、瞬時にこの部屋まで連れてこられたと思ったら)
「……な、お前、この間マグネタイト補給したばかりで、何だその有様は!」
(異様にマグネタイト不足なコイツが横たわっていて)
布団に横たわる美しい悪魔のあまりの疲労困憊な様に、思わず怒号を上げたのだが。
(びくり、とした様子に慌てて、すまぬ、怒っているのではないのだ、と付け加えると)
くす、分かっていますから、と返ってきて。ほんわかとした雰囲気が広がったのだが。

……もちろん、大方の予想通り、ほんわかなのは当事者のみだったのだが。


とりあえずはシュラの「もう一つのお願い」に「?」と思いつつ、雷堂が部屋のドアを開けると、
微妙な位置で十四代目葛葉ライドウが立っているのに気付く。
「何だ、お前?そんな中途半端なところで」
「いや、事情があって。ここがちょうど2mなので」
「?よく分からんが。それより、シュラが、包帯が欲しいと言っているのだが」
「……」
「な!どうした!何か、いけないことでも言ったか、我は」
いきなり弱点硬直状態に入ったライドウにビビる雷堂である。

「い、いえ。救急箱は水屋の、上の棚に置いてあるはずです」
「ああ、それも向こうと、同じか。だが、我が 勝手に入っていいのか」
「はい。僕はここから離れられませんので、お願いします」
そう言いつつ、微妙な位置をこれまた微妙な動きで徐々に移動するライドウに首を傾げながら、
雷堂は目的のものを入手し、部屋に戻った。

「お前に包帯を巻けとは面妖な。どこだ」
「ここです」
とシュラが指すその場所には。
「な!一体、誰にやられたのだ!お前ともあろうものが!!」
「い、いや。ちょっといろいろと」
「……お前はいつも秘密主義だな。まあいい。で、包帯を巻くだけでいいのか?薬は?」
「いえ。見えなくなればそれでいいので。自分ではうまく巻けなくて……お願いします」
「我は構わないが、……廊下のアレや、正座しているコイツらにさせなくとも良いのか?」

混沌王に負けないほど鈍感な部分がある雷堂でも、さすがに周りからの思念は感じたらしい。

「それができれば苦労していません……」
(襲われるかキレられるかの二者択一だからな。気の毒に……。byゴウト)
「何?」
「なんでもないです。お願いします」
「う、うむ」

そう言いつつ、白い首元の痛々しい痣に目をやる。
(どこのどいつがこのような……っ)

雷堂にしても、これだけ長い間マグネタイトを与え続けた相手である。憎かろうはずがない。
いやむしろ自分の手からしかエサを食べないきれいな小鳥、いや、気まぐれな子猫、拾った子犬、
はたまた世話の焼ける妹(弟)、いやいや、もはやミルクを飲ませた娘(息子)のようなものである。
実はもう目に入れても痛くないほど可愛いのである。
そんじょそこらの馬の骨には嫁にやらんぞぐらいの勢いで愛しているのである。

某鬼畜な片割れとは若干ベクトルの向きは異なるが、その想いの線分は同じぐらい果てなく長い。

(よくも、ウチの子にこんな痕を……)
そして堪忍袋の緒も同じくらいに短かった。

(誰かは知らんが、絶対に思い知らせてやる)
周囲の目があるので抑えてはいるが、心中は燃え盛る地獄の業火だ。

(ふむ。この手の大きさの悪魔と言えば)
仕返しする気満々で、包帯を巻きつつ検分する雷堂である。

(む。悪魔にしては小さい。我とちょうど同じぐらい、か?指も5本……何?形も、同じ?)
ピクリ、と眉が動き、そして。


――― 雷堂は歌を歌う。


「うわ、ら、雷堂さんまでっ!!お願い、落ち着」
「離せ、シュラ!ええい、ここまで育て上げた我の娘を、よくもよくもよくも」
「いや、だから、俺、そもそもあんたの娘じゃな」
「出て来いライドウ!貴様!刀の錆にしてくれるわぁっ!!」

……そして、状況は更に混迷を極める。




Ende

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