朝 〜解決?編〜



築土町 銀楼閣 鳴海探偵社

「何だかよく分からないけど」
災難だったねー。シュラちゃん。
あ、ご希望どおり、牛乳大目に入れてみたよ。カフェ・オレっていうの?君の頃には。

「すみません。鳴海さん……。ありがとうございます」
鳴海からカップを受け取った彼は、見るからに心身ともに疲れきった様子で。

その横に放心した表情で黙して座るライドウそっくりの彼やら、なぜか部屋の外で硬直したままの助手やら。そして珍しくその助手の傍ではなく、この最強最悪の悪魔?である可愛い彼を気遣うように横にいる黒猫君やら。

……ホントに何だかよく分からないけど。
微かに頭痛と寒気を感じるのは、二日酔いのせいじゃないよね〜。



◇◆◇



ええと。ほんの少し。説明をさせてもらうと。

あの後。もう少しで鏡合わせの者同士の刃傷沙汰になりそうなところを。
「殿中でござる!」「離せ、武士の情け!!」……ではなく。

「俺、そんなこと言う、雷堂さんは嫌いです!!!」という一言で雷堂の暴走は止まった。
いや、止まったというよりも、固まった。

……要は。あれだ。まさしく、娘が連れてきた恋人にいちゃもんをつけた父親が
「そんなパパ、大っ嫌い!!!」と言われた状態に陥ったわけだ。

しかし、この鈍感王がそんなことに気付くわけも無く、よしとりあえずこの敵の動きは止まったぞと、戦闘時の的確な判断を下し、次の相手は、と北欧出身者5体に冷徹な視線を向け、一言。

「帰れ」

色っぽい人修羅様も、ぶちぎれた人修羅様も、困っている人修羅様も皆ある意味最強だが。
やはり、この戦闘モードの冷徹非情かつ凄絶な美しさと恐ろしさに勝るものは無く。
一言も口を聞けないまま、ついでに思いっきり見惚れたまま、彼らは全員、瞬時に姿を消した。

そして。
心配して見に来た鳴海に勧められるまま、あ、ついでに硬直したままの雷堂も引きずりながら事務所に行き 、意外に器用な鳴海に包帯を巻いてもらい、ミルク入り珈琲を飲んでいる、現在に至る。

ちなみに2m制限がある方の悪魔召喚師は、忠実にその命令を守ったままだ。気の毒に。



◇◆◇



「えーと。雷堂くん、だっけ。君も珈琲どう?」
「……」
まだ、ダメかー。目が宙を彷徨ってるもんねぇ。

「……えっと、雷堂さん。あの、」
心配、して、くれて、ありがとうございます。
でも、やっぱり、俺のことなんかで、ライドウと喧嘩しないで、ください。
俺、雷堂さんとライドウが仲良くないと、やなんです、よ。

さすがに固まったままの父親を気の毒に思ったか、できのいい娘が声を掛ける。

「だ、だが。お前はそれでいいのか。どう、見ても、それは」

さすがシュラちゃん。一瞬で解凍したーと感嘆の声を心中で叫ぶ鳴海が雷堂の珈琲を入れに行く。

そして娘は「それは」まで言った後、微妙に口ごもる父親を困ったように見て言葉を返す。
「いいんですよ。それで、俺達の望みも叶ったし」
ね。ゴウトさん。と共犯者に笑いかける彼の表情は、確かにどこか達成感のあるそれで。

……確かにな、と雷堂も思う。

とても優秀なくせに、どこか不安定で危なっかしかったアレが。
珍妙な行動を取っていた故に初めは気付かなかったが、安定した、というのか、一皮向けた、というのか、地に足が着いた、というのか、「変わった」のは一目瞭然で。

あれやこれやそれやどれやと山ほどに納得できない想いはあるものの。
この優しくて綺麗で強い娘が、それでいいと言うのなら、盲目な父親は黙して認めるしかないか。

だがしかし。

「まだ嫁に行くのは早いと思うのだが」

ブフッと思わずカフェ・オレを吹き出しそうになる娘を前に父親は真剣に腕を組み。
彼の前に珈琲を置いた鳴海は、無謀にもその会話に参戦する。

「えー何なに?誰が嫁に行くの?」
「そもそも、嫁入り前から同居している今の環境がけしからんのだ」

「え、同居ってことは。嫁がシュラちゃん?じゃ婿はライドウ?(まさか、俺じゃないよね 汗)」
「よし、今からでも遅くは無い。嫁に行くまでは我の時空に来い。本当の意味で養ってやる」

「そ、そんなことしちゃ駄目だよ〜。ウチのお婿さんが発狂して何をやらかすか」
「……まだ婿と認めたわけではない。大体が、助手の管理は所長の責任だ」

「ええ〜。俺、ライドウに管理されたことはあっても、管理したことなんか、無いよ〜」
「泣き言を言うな。たまには管理する側の苦労も知れ」

「〜〜〜。二人とも、いいかげんにしてください……」

ああ、もう。こうもすんなり嫁だの婿だの話が通じるって事は、ばればれなんだろうな〜。
ロキなんか一目見た瞬間に溜息付いて、あの問題発言だったしなー。
何つーか。恥ずかしいつーか、居たたまれないつーか、穴があったら入りたいつーか。

顔を手で覆って俯いてしまった、色々な意味での「娘」を見ながら。
やはり、色々な意味での「父親」達の心中は複雑だ。

困らせてすまぬ。あぁ、赤くなってしまって。やはりアレに嫁入りさせるのはもったいないぞ、とか。
うわ。初心だー。可愛いー。うん。こんな嫁が来たら、毎日和やかで楽しいだろうなぁ、とか。
この嫁なら十四代目にふさわしい良妻賢母になるであろうに。悪魔なのが返す返すも惜しいとか。

でも、元々は婿側の親族である彼らにとってはやはり、一番大切なことは同じで。

「えーと。でもシュラちゃん」
「はい?」
俯いたまま返事をするシュラに、優しい声で親族代表の鳴海が言葉を落とす。

「ホントにありがと」
ライドウを、助けてやってくれて。
「これからも、よろしくね」
ライドウの傍に、居てやってね。

不満そうに無言で同意する雷堂と。
やはり無言で、心配気に尻尾をパタンと一つ鳴らした黒猫の前で。

その嫁は顔を覆い、俯いたまま、苦しげに搾り出すように、言葉を紡ぎ。
その場を沈黙で支配した。



◇◆◇



「……っ。シュラ!」

バタンとドアを開け、ものすごい勢いで件の婿殿が駆け寄ってくる。

「何を泣かしているんですかっ!」

殺気が篭った視線で周囲を見やりながら、シュラの肩を抱く彼に返る視線は「てめーが言うな」だ。

「ああ、シュラ。どうしました。何か嫌なことでもされましたか?」
嫌なことは嫌だって、言わなきゃ駄目ですよ。大体貴方はいつも優しすぎるんですから。

……だから、てめーが言うな。

「ね。泣かないで。何があったんですか。顔を上げて」
「泣いて、ない」

「泣いてますよ。ちゃんと聞こえましたから」
「何、が」

「貴方の泣き声が」
「///……てめ、2m制限は?」

「……忘れて、ました」
すみません。許してください。だって貴方が心配で。え、まさか、帰ったりしませんよね?その瞬間に、僕、壊れますよ。泣き叫びますよ。心が砕けますよ。狂って死にますよ。それでもいいですか?

『……ライドウ。それ以上そいつを泣かすな』

なるほどなー。それで「あの言葉」かと。色々「納得」しつつも、それ故にまた雰囲気が悪化し始めた周囲を見やりながら、ゴウトが言葉を掛ける。

『しばらく二人にしてやる。とりあえず泣き止ませろ。だが、いいな、それ以上 なかせるな(・・・・・)よ』

どこか納得いかなそうな雷堂と、珍しく悲しそうな瞳をした鳴海がゴウトの尻尾を追いかけて、パタリとドアが閉まる。

途端に。

抱き上げられて膝に下ろされ、両腕を掴まれて、至近距離で瞳を覗き込まれて。
「ほら、泣いて、いたじゃ、ないですか」と眉を寄せる悪魔召喚師に。
どうして、そんなことが分かるんだ、と悪魔が言い返す暇も無く。

きつく抱きすくめられ、深く口付けられ、言葉も吐息も盗まれて。
着物の袂と裾を割って、入り込んできた指に翻弄されて。

昨晩から「なき」続けていた嫁は。
お目付け役のご助言を頭から無視した婿殿にまたしても「なかされる」はめになった。


……そして、この状況が解決したのか、元の木阿弥となるのか。それは。もはや。

「彼」の自制心次第だ。




Ende

帝都top