「何を見てる、シュラ?」
「……ロキ、か」
珍しいな。ロキがこんな真面目な顔をしてるなんて。
ああ。そうか。そうだな。もうそろそろ時間が無い。お前、意外に心配性だからな。
「何を、見てる?」
「花を」
ちょうど、依頼から帰ってきた俺の花。俺の美しいヒト。
魔族からすれば、一瞬の時を渡る美しく儚い花。俺の大切なライドウ。
「花、か。言うなればあれか?立てば芍薬、座れば……、ってところか?」
「それで言うなら百合の方が近いかな」
スッと伸びた美しい姿勢で、スラリとした“ハ”を持つ、凛と咲く一輪の。
その中でも最上級の。ああ、きっと白だ。白い百合。
「まあ、いつ見ても綺麗だな。あの御方が気に入るのも分かる」
「間違えるなロキ。あれは俺のだ」
それが俺とあの御方の取引。俺の“器”一つであの花と引き換えなら安いものだ。
俺の、俺だけの花。誰にも渡さない。誰にも触れさせない。あの花が咲きたいように咲かせて。
――― 散りたいように散らせて?
「見ている、だけか」
「それが一番いい」
「手折ってしまわないのか」
「俺は咲いているアイツを見ていたいんだよ」
「連れて行けばいい」
「合わぬ土地に移せば、枯れる」
「枯れぬ花にしてしまえばいい」
「……」
「強欲な人間どもがやっているだろ。ええと、何だった。プリザー……なんとか」
「preserve?プリザーブドフラワー?」
――― Preserved flower “保存された花”
「そう、それ。オレは造花は嫌いだが、あれは面白い」
「……」
「全身の体液を入れ替えられた仮初の花、だろ」
「……」
「歪まされた天然の美だぜ。ゾクゾクする」
「悪趣味」
(そうか?)
(そうだよ……ナニ?じゃあ、お前、俺にも“それ”でゾクゾクすんの?)
(そういう、わけじゃない)
(冗談だよ。そんな顔するな。お前らしくも無い。ロキ)
「保存、しないのか」
「……」
「綺麗なままで、居られるぞ」
「……」
「いつまでも、ずっと一緒に」
「ロキ」
それ以上、言うな。
そう、凍るような声で窘められて、冷たい銀色の目でちろりと見上げられた魔王が
怖ぇなあと大げさに肩を竦めてみせた少し後に。
会話の終わりを待っていたかのように、シュラを呼ぶその花の声が階下から聞こえた。
◇◆◇
「ただいま帰りました。シュラ」
「おかえり。ライドウ」
依頼からの帰宅。いつもの風景。
にこりと笑みながら、今日はお土産があるんです。と、差し出すライドウのその手には小さな。
「花束?」
「依頼主のお庭にたくさん咲いていましたので」
お願いをすると、快く分けてくださって。
「好きな人にさしあげたいのです、と言ったら、このように」
かわゆらしい花束にしてくださったのです。今のカタチの貴方には可愛すぎるかもですが。
「……」
絶対に、ライドウに似合う可憐な乙女を想定して、作ってくれたであろう花束を手渡されて、
悪魔の少年は少し戸惑う。その花があまりに綺麗だから。
「ああ。やっぱり」
よく似合います。この色が貴方に似合うと、思って。
そう嬉しそうに笑む、目の前の花があまりに綺麗すぎるから。
「シュラ?」
どうしました?……あ。もしかして。この花、嫌いでしたか?
すみません。一人で浮かれてと、見当違いな方向へ下降する恋人に気付いて、
優しい悪魔は慌ててその思考を引き上げる。
「いいや。……好きだよ」
誰にも渡したくないほど、好きだよ。
そうですか、良かったと笑むその表情にまた見惚れながら。
花の礼を所望したいと、そっと回される腕と重ねられる唇の熱に惑わされながら。
(けっ。やってらんねぇ)とばかりにとっとと退散したロキの提言を悪魔は思い出す。
(枯れぬ花にしてしまえばいい)
花は枯れるから美しい。
生まれ出でた地で花開くからこそ、きっと。
(保存、しないのか)
プリザーブドフラワー、 “保存された花”か。
お前の時を止めて?体の構造を入れ替えて?
(綺麗なままで、居られるぞ)
ああ、それはそれは綺麗な。
気が狂うほどに綺麗な花が出来上がるだろうけれど。
(いつまでも、ずっと一緒に)
――― 俺は。
「どうかしましたか?」
「いいや。何も」
二度と枯れぬ花に堕とされた美しい少年は。
心配そうに自分を見つめる、己の何よりも大切な花に、うっそりと笑んだ。