逢魔ガ時 18



――― 黒い紋様に彩られた悪魔を陵辱する、白い羽根の地獄の熾天使。

この世に二匹と居ない美しい獲物を捕らえて、嬉々としてその肉を啄ばむ、猛禽類のような。


既に日は沈み。
西の空に残る、微かな明るさが、その地獄の責苦の様を、美しい影絵のように偽ってみせる。


そう、いえば、と、どこか壊れた思考でライドウは思い出す。

……あの、どこか寂しげに、空に残る明かりを。
西明かり、と言うのだと、以前にシュラが言っていた。
この世とあの世が交じり合う、この魔の刻を、西明かりのころ、と呼ぶのだと。

小さい頃に読んだお話で、そう書いてあって、と。
不思議なことが起こる、魔法の時間って感じがして、好きなんだ、と。無邪気に、笑って。


――― あの時、僕は、言えなかった。

僕達は、この刻限を「逢魔ガ時」、と言うのですよと。

魔に逢いやすい時間。恐ろしいモノに出遭いやすい刻であるから。

異なる文字を当てて。

大禍時(おおまがとき)」とまで、呼ばうほどに、恐ろしい時なのだと。


…………言えば、良かったの、だろうか。


己の心を切り刻む地獄絵図を、虚ろな瞳で見るライドウに。
愛しんでいる悪魔を、その6枚の美しい翼で覆い隠しながら。
天使の容をとった地獄の大魔王は、この上なく美麗に微笑んでみせる。


くす。
「残念だけれど、これ以上は見せてあげられないよ、ライドウ」
――― シュラが、僕の色に、暁の薔薇色に染まるところはね。

「……"僕"、の、色?」
声が出た自分に、どこか驚く。まだ、言の葉が紡げるのか。これほど狂いそう、なのに。

「気付かなかったのかい?この子の、この感情の昂りとともに現れる美しい色もまた」
暁の魔王である、僕たちの所有印なのだと。

――― ああ。
思い、出す。

(本当に綺麗、です。貴方、は。感じると、薔薇色に染まって。暁の空のように)
うっかりと落としてしまった愚かな自分の言葉。

あの夜の、貴方の悲しい声。

(それ……言わ、ないで)
あの音がライドウの耳に響く。あの夜の、シュラの悲しい心が。


覆われた白い羽の隙間から、救いを求めるように伸ばされた左手だけが見える。
縋る先が無いことに気づくと、それは何度も何度も地面をかきむしり、その光の色を変えていく。

――― 寒色から、暖色、に。



やがて、諦めたようにそれは力を失い、つい、と地に落ちると、そのまま。

動かなく、なった。





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※瀬尾七重 様 作 「西明かりのときに」 旺文社刊 童話集『銀の糸あみもの店』(1979)より

子供向けとは思えないゾクリとする感覚も兼ね備えた、珠玉の作品集。
言うまでも無く、拙宅のサイト名と管理者名に拝借している言葉の「元」でございます。
入手困難ですが、図書館の蔵書で結構見つかりますので。機会があれば、是非ご一読を。