――― 黒い紋様に彩られた悪魔を陵辱する、白い羽根の地獄の熾天使。
この世に二匹と居ない美しい獲物を捕らえて、嬉々としてその肉を啄ばむ、猛禽類のような。
既に日は沈み。
西の空に残る、微かな明るさが、その地獄の責苦の様を、美しい影絵のように偽ってみせる。
そう、いえば、と、どこか壊れた思考でライドウは思い出す。
……あの、どこか寂しげに、空に残る明かりを。
西明かり、と言うのだと、以前にシュラが言っていた。
この世とあの世が交じり合う、この魔の刻を、西明かりのころ、と呼ぶのだと。
小さい頃に読んだお話※で、そう書いてあって、と。
不思議なことが起こる、魔法の時間って感じがして、好きなんだ、と。無邪気に、笑って。
――― あの時、僕は、言えなかった。
僕達は、この刻限を「逢魔ガ時」、と言うのですよと。
魔に逢いやすい時間。恐ろしいモノに出遭いやすい刻であるから。
異なる文字を当てて。
「大禍時」とまで、呼ばうほどに、恐ろしい時なのだと。
…………言えば、良かったの、だろうか。
己の心を切り刻む地獄絵図を、虚ろな瞳で見るライドウに。
愛しんでいる悪魔を、その6枚の美しい翼で覆い隠しながら。
天使の容をとった地獄の大魔王は、この上なく美麗に微笑んでみせる。
くす。
「残念だけれど、これ以上は見せてあげられないよ、ライドウ」
――― シュラが、僕の色に、暁の薔薇色に染まるところはね。
「……"僕"、の、色?」
声が出た自分に、どこか驚く。まだ、言の葉が紡げるのか。これほど狂いそう、なのに。
「気付かなかったのかい?この子の、この感情の昂りとともに現れる美しい色もまた」
暁の魔王である、僕たちの所有印なのだと。
――― ああ。
思い、出す。
(本当に綺麗、です。貴方、は。感じると、薔薇色に染まって。暁の空のように)
うっかりと落としてしまった愚かな自分の言葉。
あの夜の、貴方の悲しい声。
(それ……言わ、ないで)
あの音がライドウの耳に響く。あの夜の、シュラの悲しい心が。
覆われた白い羽の隙間から、救いを求めるように伸ばされた左手だけが見える。
縋る先が無いことに気づくと、それは何度も何度も地面をかきむしり、その光の色を変えていく。
――― 寒色から、暖色、に。
やがて、諦めたようにそれは力を失い、つい、と地に落ちると、そのまま。
動かなく、なった。
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※瀬尾七重 様 作 「西明かりのときに」 旺文社刊 童話集『銀の糸あみもの店』(1979)より
子供向けとは思えないゾクリとする感覚も兼ね備えた、珠玉の作品集。
言うまでも無く、拙宅のサイト名と管理者名に拝借している言葉の「元」でございます。
入手困難ですが、図書館の蔵書で結構見つかりますので。機会があれば、是非ご一読を。