ひどく、のどが、かわく。
なにか、のみものを、と。
暗い、長い、黒の廊下を、僕は歩く。
その果てには、隙間から枠に沿って、四角い光をのぞかせる扉。
キィと鳴いて開いた扉の向こうには、長い、長い食卓。
どこかで見覚えのある燭台に灯るロウソクの灯りに、僕の影は、長く、ゆうらりとなびく。
表情すらはっきりと見えぬ遠い上座と、その両横に座る3人の人影。
やはり、君も来たか。歓迎するよ、と、内の一人が手で合図をおくると。
コトリ、と。
目には見えないモノが僕の前に置いたのは、柄の細い、大きなグラス。
満たされるのは。赤い、液体。
赤葡萄酒?
いや、まだジュースだよ。
熟成させていないからね。
渇きを癒したくて、ゴクリと飲む。
……甘い。意識が、とろけそうなほどに。
美味しいだろう。
あっという間にそれを飲み干した僕に、その男は誘う。
良ければ、もう一杯どうかね。
肯く僕に、それはこの上も無く優しく、笑う。
おや。しまった。デキャンタが空だ。
酌んでくるけれど、ああ、良かったら、君もおいで。
我が家の葡萄の木は、とても美しいから。
一見の価値はあるよ。
気付くと、仄かな光の灯る、部屋に移動している。
いつのまに。……これは温室?
頭上の光から様々な色の光が零れ落ちてくる。
……ステンドグラスを嵌めこんだ温室とは、何て豪奢な。
この葡萄の木は、世界に一本しかない貴重なものだからね。
もっと、贅沢な部屋にしてやってもいいぐらいなのだけれど。
彼は意外と倹約家でね。
――― 彼?
彼女、と言ってもいいのだけれど。
ほら、奥に居るだろう。
その男が指す先に、視線をやる。
茨で作られた十字架に、絡みつかされた、その葡萄の蔓は、指。
象牙色の美しい、しなやかな、愛しい腕は、枝。
無数の疵に彩られる身体は、幹。
傍に居るだけで香ってくる、馨しい、甘い、香。
瑕だらけのその象牙色の表皮から、滴り落ちる、甘い液。
閉じられた瞳から、伝い落ちる……紅涙。
赤い、赤い紋様を、明滅させながら。
ポタリ、ポタリと落ちる赤い液体を流し続ける、美しい悪魔の樹。
耳元で聞こえる、魔王の優しい声。
何を、震えているんだい?……美味しかったのだろう?
植物というのは面白いものでね、劣悪な環境に置くほど、美味しい果実を実らせるらしい。
――― 水をやらず、肥料をやらず、飢えさせて、傷つけて。
くすくす。酷い目に逢わせれば逢わせるほどに、甘く、なるのだ、そうだよ。
本当に、君達人間は、素晴らしいことを思いつき、そして実践するのだね。
さすがは、アダムとイブの末裔だ。
知っているかい。マスクメロンのあの美しい網目。
あれが、全て、自らその身を裂いてできた、傷の痕なのだと。
……つまり、瘡蓋?
そういうことになるね。
しかも、人間界では、その疵痕の美しさでまた価値も上がるそうじゃないか。
くすくす。まったく、君達人間の価値観と審美眼は、素晴らしいよ。
僕達が身震いをするほどに。
――― で、それをちょっと真似してみたんだけど。どうかな。
確かに、最高に甘く、美しくなったと思うのだけれど。
ああ、見てご覧。ちょうど心臓の辺りに、ほら。
お陰で糖度が一気に増したよ。ありがとう。
赤く明滅する身体を貫く、陰陽葛葉を認めた瞬間に、僕は。