嘘つき


あ、そうだ。鳴海さん、鳴海さん。
なあに?シュラちゃん。
あの。良かったら、これ、もらってもらえませんか?
……え?だ、駄目だよ〜。こんな高価そうなモノ。
いや、安物だと思いますよ。大体、俺。こんなのもう二度とつけられないし。
……そっか。そうだね。……でもやっぱり悪いよ〜。
じゃあ、代わりに一つ、俺のお願い、聞いてください。




「やっぱ、プラチナ、だよなぁ」
居候のシュラが押し付けていったネクタイピンをためつすがめつ見ながら鳴海は零す。
あれから気に入って何回か使っているにも関わらず、ろくに手入れもしない無精者の鳴海の手の中で、シュラ曰く「安物」のそれはその白銀色の光をいつまでも失わず。

「おまけに、コレ。ガラス玉じゃなくって、キャッツアイだよね」
ネクタイピンの中央に、品良く控えめに位置する美しい石を指先でつつく。

……どう見ても、安物どころか。ものすごい高級品でしょ。コレ。特注品?

角度を変えると様々に光る、キャッツアイの文字通り猫の目のような細い輝きに、あの優しい子の微笑んだ瞳を思い出す。

「…… 嘘が上手いってのは、哀しいよな。シュラちゃん」

――― 嘘をつかないと、生きてこれなかった、って、コトだ。

ま、がんばってみましょ。
そんな哀しいキミが俺なんかに「お願い」してくれた、たった一つのコトだから。ね。



「ただいま、帰りました」
「おかえり、ライドウ。お疲れ様。どうだった?」

解決した別件依頼内容を口頭で説明するライドウを、さりげなく鳴海は観察する。

――― 相変わらず、ポーカーフェイスがお上手なことで。けど。な。まだ修行が足りねぇよ。

鳴海の胸に、件のネクタイピンがあるのを見定めた瞬間、ライドウの視線に交じりこんだ狂気に近い色を鳴海は見逃さなかった。

「では、報告は以上で」
「うん、ありがと、ライドウ。……あぁ、ちょっと待って」
では、と逃げるように踵を返そうとするライドウを鳴海は呼び止める。

「時間取らせて悪いけど、聞きたいことがあるんだ〜」
「……何を?」
「単刀直入に聞くよ?……もう。シュラちゃんはここに来ないの?」
学帽の縁に上手く隠された怪訝そうな瞳は、その鳴海の言葉に激しい動揺を見せた。

「はい。……おそらく、もう二度と」
無理やりに感情を押さえ込んだような堅い声が部屋の中に響く。

「そっか。……もう、会えないのかな?」
「……おそらく」
――― もう二度と、と唇だけがその音を作る。

「なぜ、そんなことを」
聞くのかと問い返すライドウに
「ん?ほら、コレ」
ネクタイピンを指差すと、学帽の下の眉が苦しそうに寄る。

「コレさ〜、シュラちゃんが安物だからって、くれたんだけど、どう見ても超高級品なんだよね。
勘違いしてるなら、きちんと説明して返してあげたくって」
「……勘違い、では無いと思います」
「え?」
「それは、シュラの大好きな人の遺品だと言っていました。だから、彼は分かっていて」
「……そっか。知ってたんだ。ライドウ」

誰も話さない部屋の中で、カチコチと時計の音が微かに聞こえる。

「確か、凪ちゃんには指輪を預かってもらってたっけ。シュラちゃんのお母さんの」
「……ええ」
「何だか、形見分けみたいだね」

さっきから握り締めたままのライドウの掌がふる、と震える。
可哀想に、と思いながらも鳴海は言葉を続ける。

「お前は、何を形見にもらったの?ライドウ」
「……なっ!」

驚きと怒りと悲しみと苦しみと、そんなぐちゃぐちゃな気持ちが全部交じった声。
ああ、ようやく感情を出したよ。君の「お願い」も楽じゃない。

睨みつけるライドウの視線を真正面から受けて、鳴海はカツカツとライドウに近寄る。

「いいかげん、泣けば?ライドウ」
「……何のことです」
「俺が受けた別件依頼の話」
「え?」
「なぁ。泣かないと、泣くまでもっと虐めるよ」
「だから、何の……っ!」

憤るライドウの両手首を押さえ、鳴海は噛み付くようにライドウに接吻する。手際よく深くされたそれにライドウは首を振って抵抗したが、次第に力が抜け、やがてかくりと膝を折った。

「……っ、どうして……っ」
ようやく湿度を含んだその声に鳴海が束縛を解き、優しくライドウを抱きしめる。

「頼まれたんだよ」
「……だれにっ!?」

「お前が今、思っている通りの相手に」
「……っ」

「いつか、お前を虐めて泣かしてやってくれってね」
「彼、が」

「……どう?泣いたら、少しは楽になるでしょ?」
「……っ」

鳴海の胸に顔を埋めたまま、ライドウは小さく嗚咽を漏らした。




「……彼、は」
「うん」
「彼は、ずっと、独りで苦しんで」
「うん」
「そんな彼を、誰一人、慰める『人』も、」
「うん」
「彼は、何も悪くはなかった、のに」
「うん」
「僕は、そんな彼を悪魔だと断じて、何度も」
「うん」
「何度も、弾を撃ち込んで」
「うん」
「何度も、切りかかって」
「うん」
「何度も、傷つけた」
「……そっか」

「彼には、もう」

――― こうやって、泣くことすら、できなかった、のに。



そう血を吐くような声で言ったきり、黙って嗚咽を堪えようとするライドウの背を。
何度もポンポンと。
ポンポンと優しく叩きながら、鳴海も哀しげに目を閉じる。




ええ?シュラちゃんにお願いされるの初めてだね。おじさんドキドキしちゃうよ。
あはは。鳴海さん、冗談うまいから〜。
……で、何?どんなお願い?
えっとね、今度一回、ライドウを虐めて泣かしてください。
は?(それってシュラちゃんしかできない特技でしょ!)
だって、アイツ、いっつもポーカーフェイスでむかつくんだもん。
あはは。分かる分かる。じゃあ、機会があったらがんばってみましょ。
うん。よろしくね。鳴海さん。





ねえ、優しい嘘つきのシュラちゃん。
これで、依頼完了、かな?



でも、できれば報酬はネクタイピンじゃなくてさ。


……キミの、本当の笑顔が良かったな。




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