魔方陣



たとえば、それは

朝、小鳥の声で目覚めたとき

昼にハヤシライスの匂いが外からただよってきたとき

おやつに大学芋をほおばって、指に垂れた蜜を舐め取ったとき

夕方、黄昏色に町が染まるとき

夜に月が滴るように光るとき


◇◆◇

ふと足を止め、視線を彷徨わせるライドウをゴウトは怪訝そうに問う

『どうした、ライドウ』

「……いや。……何も。先を、急ごう」

迷い無く進んでいく歩みの上で、鈍く痛む心臓



貴方がここに居たのは、ほんのしばらくの間だけだったのに

貴方の気配だけが、この街に残り続けている



――― もう貴方は、この都のどこにも居ないのに


◇◆◇


気づいたのは、自嘲するほどに後のことだった

この、帝都のあちこちに貴方が行きたがった理由

嬉しそうにはしゃぎながら、どこか遠い眼をしていた貴方

なぜ、あの時、僕は気づかなかったのだろう

今ここにある何もかもが、貴方がかつて失ったものなのだと


◇◆◇


たとえば、それは

晴海町で潮風に髪を弄られたとき

筑土町で鳴海さんに説教しているとき

銀座町で路面電車の窓に影が映ったとき

霞台で古代の神の像にふと目が行ったとき

深川町で佐竹さんに話しかけられたとき


◇◆◇


気づいたのは、自嘲するほどに後のことだった

この、帝都のあちこちに貴方が行きたがった理由



この都の
どこにいても
何をしていても
貴方が「そこ」にいる



貴方を失くして、狂いかけている僕の心が
この都に残る貴方の影を追い求める


その貴方の影が愛しくて
僕はここから
逃げ出すこともできない


◇◆◇


貴方はいつも笑っていて

僕はそれに騙されたままで

今更、また、僕は気づく

貴方に出会ったあの地で、僕は何度、貴方の心を切り裂いたのかと


◇◆◇


気づいたのは、自嘲するほどに後のことだった

この、帝都のあちこちに貴方が行きたがった理由


「ここは、キレイだな。ライドウ」
――― お前の守護する地は、綺麗だ。


貴方のその美しい呪文と

貴方が描いた優しい魔法陣が

僕をこの地に縛り付けて離さない





Ende

帝都top




生きて苦しめ、と言わんばかりの。