消え消ゆるとも




帝都 晴海町



依頼を済ませた探偵助手の。

黒い外套と学帽に、ふわり、と白いものが舞い落ちる。

「……雪か」

『道理で、冷えると思うた』

抱き上げたほうが、良いかと問う十四代目に、
いや、まだ良い、と黒猫は返す。






暫しの後。

ピタリと、歩みを止めたライドウの視線の先をゴウトは追う。

少し、くすんだ冬の空。

それを映した青灰色の海に、ふわ、ふわりと、落つる六つの花。

「……水に降る雪」
『何だ?』

ポツリとライドウが落とす言葉をゴウトはそっと拾う。

「国語の教師が、紹介した、中に」
『水に降る雪……確か、閑吟集か』

「そう、言っていた、と」
思う。



そう、
微かに肯いて、彼はそれを口ずさむ。

「水に降る雪 白ふはいはじ 消え消ゆるとも」

……なぜか、彼を、思い出して。
と、
小さく小さく呟くライドウの瞳は、遠くを見つめる。

その黒い瞳に映るのは、雪でも海でも無い。
何も、残さずに、潔く、消えてしまった、それ。


「ゴウト」
『何だ』
「僕が」

――― 僕がもっと強ければ、雪は消えなかったのだろうか。

その白さを、冷たさを、教えてくれたのだろうか。

あの地でも、この地でも。
僕はいつまでも。ただ。


―――ただ、こうやって、水に、潔く落ちる雪を、見ているだけ、なのだ。




雪のように冷やりとする言の葉を、その赤い口唇から落とす後進を。
お目付け役は、ぶる、と体躯を震わせながら、見る。



……ライドウよ。

アレは、自ら、そう望み、そうしたのだ。

だから。早く。
忘れてやれ。

お前の為に。

お前を何よりも思っていた。
アレの為に。





……音にできぬ、その想いを。
その緑の瞳にこめて。










「水に降る雪 白ふはいはじ 消え消ゆるとも」

私の心の内をはっきりと明白に、お伝えすることはけしてありません。
この身が消え失せようとも。

……それは、水に降る雪のように。





Ende

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日本語萌えな管理人が趣味に走りました。ネタは閑吟集。