こころ





こころよ
では いっておいで

しかし
また もどっておいでね

やっぱり
ここがいいのだに

こころよ
では 行っておいで

八木 重吉「詩集:秋の瞳」より






「では、あの裏切り者をシュラ様の直属に就けると申されるのか!」
「シュラ様ご自身と、上からもそのように要望が出ている」
「それで納得するものがどれだけ居ると思っておられる!!」
「大体が、まだ片方は白い翼のままではないか!二心を持つ証拠だ!!」

天軍がシュラを罠に嵌めようとしたあの戦いの後、ウリエルの処置をめぐり。
その能力と経緯からすればシュラ直属で問題無しとする論と、一度裏切ったものが再び裏切らぬ
保障は無いとする論、それにシュラへの各自の個人的感情が入り混じり、混沌の軍勢はまさに
カオスな議論を戦わせていた。

「・・・まぁだ、やってんの?」
「まだ、やってるのだよ」

論戦に突如投げかけられた、不似合いなのんびりとした言葉に皆が殺気立って振り返る。

が。

「シュ、シュラ様」
「ル、ルルル、ルイ様」
立てた殺気をそのまま顔の縦線に変え、全員がその場に跪いた。

「ああ、いいから。立って立って、つうか、会議なんだろ。ちゃんと椅子に座って。
で、ルイはとっとと一番奥の一番いい椅子に座ってね。じゃないと皆が動かないじゃん。
ん?俺?俺は話が終わればすぐに出るから、ココでいい」

と、下座に立ったままドライにその場を仕切ったシュラは、各自が場に落ち着くと、これまた ドライに話題を振った。

「あのさ。ウリエル一人のことでいつまで揉めてんの?そんな場合じゃないだろ?
次の戦いにはあいつ連れて行きたいから、さっさと保持能力を試したいのに、なかなか軟禁状態 解いてくれないし」

「し、しかし、シュラ様。危険です。またあの者が裏切らない保障は」
「ココに居るくせに、いつまでLAW側みたいなこと言ってるの、お前」
「は?」

ぽかんとした魔将軍に目を向けたシュラは、はぁ疲れるけど まっいいか、と、溜息を一つつくと、
皆が見る前で瞬時に女性体に変わる。そして、驚く周囲と楽しげに眼を見張るルイを見回し、
ふふ、と、あどけなさと妖艶さが交じった絶妙な笑みで、嗤った。

「ねえ。お前。お前なら、私を裏切れる?」

滅多に見られない女性体でその笑顔を向けられた先ほどの魔将軍は、固まって返事も出ない。

「他のヤツもどう?裏切れる?・・・いいのよ。裏切っても」

呆然としたまま見惚れている魔将軍全員が、震えながら頭をブンブンと振る。

くす。楽しそうにルイが笑う。

「より強く、より美しいものに惹かれるのは道理。元々仲魔だったからとか、そんな妙な倫理観で
自分の心を縛るのはおかしい。それも私達が。・・・違う?」
混沌の悪魔が言うカオスの正論に反論できるものは居ない。

「だから、お前がまた裏切っても私はお前を憎まないよ。ウリエル。それは私に力が無かったというだけのコト」
「・・・そもそも、私は貴方様を裏切ってなどおりませぬ」
背後から、シュラの身体に服を纏わせながらウリエルは答えた。

「な、ウリエル。貴様、なぜここに」
「私が、連れて来いと命じたのだよ」
「ル、ルイ様」
慌てる魔将軍を放置して、ルイはウリエルに目を向ける。その片方のみ黒い翼を持つ身体は、一見自由には動くものの、実際にはある一定以上の魔力を出せぬ呪縛をかけてあるままだ。

「ウリエル。見ての通り、お前の処置で揉めている」
「はい。承知しております」
「お前の希望も述べておくがいい」

「私は」
シュラの着替えを終わらせると、ウリエルはその場に跪き、言葉を続けた。
「私は最早、シュラ様のお傍以外に存することはできませぬ。それが許されぬと言うのであれば、
この場で私を滅していただきたい」

「とのことだが、どうする?」
ここまで来ても渋面の石頭軍団にルイも一つ溜息をつく。

「では。こうしよう。ウリエルに『闇の獣』の精を受けさせる」
その言葉にウリエル以外の全員が凍りつく。

「な、ルイ様。それは」
「ちょうど、明日は望の月。彼の真意を知る、何よりの証だ。違うかい?」

楽しげにすら聞こえるその声に、シュラが眉を寄せる。

「・・・正気なの?ルイ」
「ああ。異存でも?シュラ」
「そこまでする必要性を私は感じない」
「なら、このまま軟禁させておくかい。彼がお前に(かつ)えて狂うまで」
「な!」

「シュラ様、ルイ様」
静かな声でウリエルが二人を呼んだ。
「それがどのようなことであれ、それでシュラ様のお傍に居られるなら」

――― どうかそのように。



シュラがウリエルを連れて部屋を出た後、魔将軍は恐ろしげにざわざわと騒ぐ。

「ルイ様、本当によろしいのですか」
「いずれにしても、我等は強い悪魔を手に入れられるのだよ。いい案だろう?」
「し、しかし」
また、あのおぞましい光景を目にするのか、とさすがの魔将軍共も恐れを隠さない。

「ああ、それからね。ウリエルはシュラを裏切ってはいないよ」
「どういうことですか。あの時、確かにウリエルはシュラ様の腕を」
「あれは、自分で切ったのだよ」
「は?」
「シュラが自分で腕を切り取って、ウリエルに与えたのだよ」
「な!」
「天に還れ、と命令してね」
「・・・ご存知だったのですか?ルシファー様」
「もちろん。シュラの腕を治したのは私なのだから。ああ、ここではその名は禁止だよ」


そして、複雑に流れる思考と沈黙の中でルシファーは言葉を紡ぐ。

「神は孤独だろうね」
――― ウリエルだけではない。ラファエルもガブリエルもミカエルも。メタトロンでさえ。

「優しいシュラが、自ら鳥籠から放してやった小鳥ばかりに囲まれて」
――― そんな者達が率いる軍など、ウリエルの堕天を目の当たりにした今では。

「さぞかし、苦悩しておられることだろう」
――― だが、元々 神の映し身として土から造られたのが人であるのだから

「それとも、本望であられるのかな」
――― 悪魔も天使もすべて跪かせるモノを見ることができて








「ああ、でも、もし 一番初めのアダムがシュラだったなら」

私も跪いていたかもしれないね、と ルシファーは薄く微笑んだ。



Ende



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