「・・・」
ケルベロスは困っていた。
心の底から、困り果てていた。
彼は先ほどから、微動だにせずに、居る。
いや、動きたくても動けない状況に追い込まれて、いる。
仕方なく、ちら、と、唯一動かせる視線を、苦悩の元凶に向けてみるが。
悩みの張本人はそんなことには全く気付かず、己の目の前の課題に絶賛取り組み中だ。
――― これは・・・あれか、人間界で言うところの。
「そこに山があるから」、というヤツか。
どこか達観したように見やる魔獣の視線の先には。
横たわった自らの巨体の背を、よいちょ、よいちょと、擬音が聞こえそうなほどの真摯さで。
よちよちと、登ってくる白い、獣。
・・・色だけは、自分に似ているが。
どう見ても、犬では、無い。
いや、そもそも、我には、子供はいない。
大体が、好いた雌など、これまでに存在しなかった。
――― ただ、唯一の方を、除き。
ああ、あの、美しくも恐ろしい最強最愛の主が、獣形をとられて、我を望んでくだされば。
種族も主従も雌雄も倫理も、ありとあらゆる柵を飛び越えてその望みを果たすものを。と。
うむ。彼の御方と我の子供なら、さぞ、強く気高く美しく、残酷に、恐ろしく、可愛かろう、と。
・・・他者が知れば、いろいろな意味で瞬間沸騰し、
「ビナーの海」を蒸発させかねない勢いのドリームを
脳内で描きつつ、地獄の番犬は、目の前の現実から逃げを打つ。
その、逃避の間に。
よいちょ、と。彼にとってのエベレスト登頂に成功した白い生き物は、えっへん、とでも言いたげに
鼻をつんとそらす。
ああ、到着したか。
ならば、この「地獄のひととき」も終わりだな、と安堵の息を吐こうとしたケルベロスの背で。
キュ、と思い切ったように、決意の鳴き声を立てた白い生き物は。
その白い斜面に直滑降を挑んでくる。
な、なななななななな・・・っ!
・・・哀れな白い山の驚天動地にも一切、頓着せず。
ついーっと、無事に麓まで辿りついた子狐は、キュキュ、と、非常に満足そうだ。
「・・・」
あまりのことに声も無い地獄の番犬は、再び、よいちょ、と登り始めた気配に戦慄し、納得する。
――― これは・・・あれか、人間界で言うところの。
「すべり台」というヤツか・・・。
「・・・」
もはや、諦めという名の達観に至った彼は。
思えば、と、遠い目をする。
思えば、今の主と出会ってからというもの、我はよく困っている気が、するぞ、と。
◇◆◇
暫くの後。
クズノハを探しに来た、件の主が。
遊び疲れて、白い毛皮の「すべり台」に埋もれるように眠る白い子狐と。
その子狐を守るように、くるり、と身体を丸めて、これまた眠る白い番犬を見て。
(うっわー!!ちょっ!!!だ、誰か!カメラ!カメラ持ってきて!!あ、あればビデオも!!!)
と、盛大に、萌えまくり。
その後、その写真データと映像データが、とある悪戯者の手によってうっかり流出し。
激レアアングラ商品として、魔界の裏市場で超プレミア価格がついて出回ることになるなど。
うにうにと、寝ぼける白い子狐に胸元辺りを押し揉まれ。
性転換した己が我が子に授乳している悪夢に、うんうんと魘されている白い番犬は。
・・・知る由も無い。