聞くがいい。



真実にあの混沌を愛しているなら、聞くがいい。

アレはお前の手には入らぬ。

知っているだろう。

アレは混沌。

何かを孕み、産み続けるもの。

アレは花嫁なのだ。

この戦いを勝利に導いた後、アレは闇の王の最愛の(つがい)となるのだ。


欲しくは無いのか。アレが。

我に従えば、アレはお前にやろう。

もう一度触れたくは無いのか。

もう一度心を通わせたくは無いのか。

アレを自分だけのものにしたくは無いのか。


本当にアレのためになることをよく考えるがいい。

混沌の母となり、闇の王の子を産み続けることがアレにとって幸いか?

そうなれば、もう二度とお前はアレの傍に寄ることすらできぬだろう。


耐えられるのか。

生きていけるのか。

他の者の腕の中で抱かれ続けるアレに、二度と会うこともできぬまま。









(…エル)

(…リエル?)

「ウリエル!」
「! ……主様?」

何度も呼んだのに、どうした?と、心配そうにのぞきこむ主の瞳にウリエルは現状を把握する。
現時点での能力を確認したいと、主の部屋に呼び出されて。
別の用で少し遅れると言われて、しばらく主を待っていた間に、何か(・・)の思考の海に。

「何でも、ありません。ただ」
少し、疲れているようです、と笑んで返すと、じゃあ今日はやめておくか、と答えられて、
ウリエルは慌てて首を振る。共に居られる時間が無くなる、など、とんでもない。

「やっぱり。ザフィエルとの闘いは、キツかった?仲魔だったんだろ?天界で」
「いえ。人間界的に言えば、むしろ“同僚”のようなものですから。闘いなど日常茶飯事で」

力を第一とするヨスガに喚ばれるような者共の集う天界。弱き者は軽蔑され、強き者は妬まれ。
互いに互いの足を引っ張ってでも、自らを強者としようとくだらない闘いを。日々。

「ふうん。そんなもんなんだ。確かに強けりゃいいってのは何か変だなって思ったけど」

でも。自分の強さに自信があるのに、そうじゃないヤツの妬み嫉みに煩わされてた人間にとっては、魅力的なコトワリ、だったのかもな、と。どこか遠くを見つめる主の視線が誰に定まっているかに気付いて。ウリエルは慌てて、それより呼ばれた本題は如何に、と話の流れを断ち切った。


「かなり、力、安定した?」
「はい」

「でもまだ。光の力の方が、強くて、辛い?」
「…はい」

本来、天使族は魔界の中心では生きられない。本体よりは光と闇の影響が少ない、クローン体のザフィエルですら、あのように。今の自分が、こうしていられるのは、ただ。

(この方に、力を分けていただいた、から)
抱きしめて、口付けて、触れて、くださった、から。

ふる、と震えそうになる体をウリエルは制止する。
それは、思い出すだけで狂いそうになるほどの、悦びの記憶。
一度きり、最初で最後だと分かっていたのに、分かっているのにそれでも、思い出すたびに体中がバラバラになりそうなほどに、切ない夢。

(そう。この方に名を呼ばれて、そっと指で触れられるだけで、思い出して。嬉しくて苦しくて)
――― 堪らなく、なる。

「そ…っか。やっぱり、そう、なんだ」
あの晩のことを、詳細には覚えていない、残酷な優しい主は何やら困ったように言いよどみ
考え込むようにうつむいて、微かな溜息を落とす。

(まさか)
(まさか、力のバランスが取れぬ私をまた、お傍から離そうと?)
嫌な予感にゾクリと震え、続く主の言葉に怯える天使を知らぬ気に。

シュラはその残酷な、提案という名の命令をウリエルに提示した。



◇◆◇



「あっ!クズノハー!居た居たー!!!」
「ピクシー、様?」

もう、いい加減に“様”は付けないでって、何十回言わせるのよ!と、プリプリと怒る優しい“姉”に、
いえそんなわけには、と、クズノハは耳を、申し訳なさそうにピタリと伏せる。

「むう。まあいいわ!それより今日からしばらく、夜は私の部屋で寝なさい」
それを言いに来たのよーと言われて、え、とクズノハは戸惑う。

「シュラさまに、何か?」
「あーーー。とにかく夜はシュラの部屋に行かないで。心配は要らないから!」

「でも、部屋に行くなって、いったい、何が」
「い。いいのよ!とにかく、心配いらないから」

困ったように焦ったように、じゃ、言付けたわよ!と慌てて飛び去っていく妖精を見送って。

白い子狐はその白い顔を、不思議そうにコテと傾げてみせた。




Ende


魔界top



伏線大量投下

――― 誰の、誰への、声?