子狐




小狐 コンコン 山の中 山の中
草の実 つぶして お化粧したり
もみじの かんざし つげのくし

小狐 コンコン 冬の山 冬の山
枯葉の着物じゃ ぬうにもぬえず
きれいな もようの 花もなし

小狐 コンコン 穴の中 穴の中
大きな尻尾は じゃまにはなるし
小首を かしげて かんがえる


文部省唱歌『こぎつね』




「おや。お珍しい。今日はおひとりですか」

ケテル城の中庭。いつものようにクズノハが日課の散歩をしていると。
お会いできて光栄です、と、知らぬ声に話しかけられて、キュイ?と振り向くと。

頭のシルクハットから爪先の編み上げ靴まで、真っ赤な衣装を纏った、細身の男が一人。

人間界ならば一昔前の“マジシャン”といった風情のソレは、手に持つ、これまた赤いステッキを
くるくると回しながらにこりと笑んでくる。その姿に敵意は無い。悪意も感じない。
けれど、隠しても隠し切れぬほどの強い妖力を感じて、クズノハの毛が微かに逆立つ。

「いつもは常に、あの恐ろしくも麗しい、魔界最強の将と共に居られますのに」
ああ、そういえば現在は重要拠点の作戦会議中であられましたな。と、シュラと側近の不在を承知でこの場に居るのだと、分かるものには丸分かりな台詞を、その赤い魔物は呟く。

「どなた様、でしょうか」
「ああ。ご心配なさらずに。私はただ、御礼を申し上げに来たのです」

「礼?」
「ええ。貴方の“御活躍”のおかげで蛇一族の評価が地に落ちました」

結果。我が一族が“七獣族”の筆頭に、とニヤリと笑うその笑みの黒さに。
クズノハは、以前に学んだ“七獣族”の知識を頭の中で急いで探索する。

七獣族。七つの大罪を体現し、その存在そのもので大いなる意志を裏切り続ける獣の一族。

Zorn(憤怒)の一角獣。 Hochmut(驕り)の獅子。 Neid(嫉妬)の蛇。
Trägheit(怠惰)の熊。 Völlerei(暴食)の豚。 Habgier(強欲)の狐。
そして。今まで第二位の位置にあったというからには、目の前のコレは。

――― Wollust(淫楽)の蠍一族。ケテル城の中庭まで入れるからには、恐らくはその長。

けれどそこまでは検討がついても。
(蛇一族の失脚?僕の活躍?何のことだ?)

蛇姫の失態も、己の、複数の意味での“戦い”も全く自覚の無い子狐はただ首を傾げ。

その様子を見て、これはこれは、何とも無垢な方であられることよと、皮肉気に笑み。
「ここまで穢れないと。逆に、我が毒にて、その白を染めてみたくなりますねぇ」
そう呟いて、赤い蠍はゆっくりと子狐に近づく。

(え?)
「おや」

もう後、数歩でその赤い爪の先が、白い毛に触れるという位置で。
白い、稲妻のごとき動きと素早さで、両者の間に駆け寄るのはシュラの従者の獣。

「あすもだい殿。我ガ弟分ニ一体何用カ?」

「……ほう。魔界最強の獣、誇り高き門番殿の、お出ましとは」
なるほど。この御方へのシュラ様のご寵愛も噂どおり、と、言うことですね。
ククっと笑うアスモダイの嬉しげな声に、ケルベロスが鼻に苦くしわを寄せ、低く唸る。

「金のリンゴにはラドン殿。貴き雄牛にはオルトロス殿。そして、この宝物を守られるのは貴方でしたか。ケルベロス殿。……くく。では、この可愛らしき子狐の中身は」

――― どうやら、“地獄”らしい。

「……あすもだい殿。ソレ以上ハ、我ガ主ヘノ侮辱ト見ナスガ、ヨロシイカ」
ケルベロスの牙がカチリと鳴り、その口元から燃え盛る炎の欠片がフゥと立ち昇る。

「おぉ。Toi,toi,toi.(トイ、トイ、トイ)……くわばらくわばら」

芝居がかった怯え方で、数歩下がったアスモダイの表情はけれど皮肉な笑みを浮かべたまま。

「いや。これは、冗談が過ぎましたか」

お会いできた喜びに我を忘れました。どうかお許しを、と一礼。

「では。踏まれる前の初雪のごとき子狐どの。此度はこれで失礼。
……ああ、忘れるところでした!貴方のご主人様に、ご伝言をヒトツ、頼まれてくださいませ」



◇◆◇



「♪子狐コンコン 山の中〜♪? ……それが伝言?アスモダイの?」

はあ?と、さすがに訳が分からずに問い返す主人に。
これまた訳が分からないまま、そのどこか懐かしい歌を歌ったクズノハはこくりと肯く。

「ええっと、“その2番の歌詞を思い出されるように”、…って」

(確か一番が草の実つぶして、お化粧?紅葉の簪?
だから二番が、枯葉の着物? 花が無い?…で、三番は大きな尻尾が邪魔?)

ええ、どれも分かんないぞ!と、頭を抱えるシュラの横で子狐もまたコテリと頭を傾げる。

「他にも何か言ってなかったか?クズノハ」
「他に、ですか」

「妙な言い回し、とか。意味の分からない言葉、とか」
「ええと。そういえば。確か。Toi,toi,toi.と」

「!」
(なるほど、ドイツ語の歌詞か……)

「シュラ様?」
ピリ、と一瞬その場に走った、殺気に近いほどの怒気を感じて、クズノハの尻尾が震える。

(とても。怒ってらっしゃる。…どうして?)

「あ。ああ。お前が気にすることじゃないよ。クズノハ」
ぺたりと伏せた耳に気付いて、優しくシュラが笑い。その微笑みにトクリと子狐の心音が鳴る。

それより。何だか久しぶりだね。クズノハ。おいで、と呼ばれて。
その膝の上に抱かれて、優しく耳の後ろをさわさわと撫でられて。

その心地よさと安心感と、泣きそうなほどの喜びで他のことはどうでも良くなった子狐は。
愛する主人の瞳が、怒りと、とある決意で赤く光ったことに気付かなかった。




ドイツ民謡『Fuchs, du hast die Gans gestohlen』
(文部省唱歌『こぎつね』原曲)


1.Fuchs, du hast die Gans gestohlen, gib sie wieder her!
Sonst wird dich der Jäger holen, mit dem Schießgewehr!

キツネめ。お前はガチョウを盗んだな。ガチョウを返せ。
さもないと狩人が来て、お前を撃つぞ!

2.Seine große, lange Flinte schießt auf dich das Schrot,
dass dich färb die rote Tinte und dann bist du tot,

狩人の大きい、長い猟銃でお前を撃つぞ。
さすれば、お前は真っ赤に染まり、そして死ぬのだ。

3.Liebes Füchslein, lass dir raten, sei doch nur kein Dieb!
Nimm, du brauchst nicht Gänsebraten, mit der Maus vorlieb.

可愛いキツネちゃん。忠告させておくれ。盗人にだけはなっちゃいけない。
お前はガチョウの丸焼きを食べる必要は無いよ。ネズミで我慢するんだ。



Ende


魔界top


提言か忠告か脅迫か

「七つの大罪」に「ケルベロスの兄弟(まだ居るけど自重)」出したいものテンコ盛り。
そして淫欲のアスモダイ登場。アスモデウスとずっと悩んで結局こちらに。続きは反転。

さて「サラ」のネタを使うか、使うまいか。(もちろん公式のほうのサラ)←ん?
Toi,toi,toi.はドイツ語で「くわばらくわばら」。魔よけの言葉。

それにつけても「子狐コンコン」の元歌の恐ろしさよw 

七獣族は初めは七貴族にしていたのですが。なぜか脳内をノエルとかワグナスとか暴れ出してw
いや、大して違いは無いんですが。まだ貴族、より獣族のほうが英雄から語感的に離れていたと。
ええ。小林智美様の絵は大好きですよー。