恋愛シナン








心臓が、痛い。








「なあに。クズノハ。折り入って私に相談って?」
「ジル……実は」

思い切ったように振り返り。その黒い瞳をひたと合わせて。
何かを思いつめたような、危うい少年の表情に、百戦錬磨のはずの雌狐は戸惑う。

(な、何よ。そのうるうるした瞳はっ!こっちがドキッとするじゃないの!)
(お爺様との稽古中にこっそりのぞくギャラリーが雌雄問わず増え続けてるっていうし!)
(大体があんた。綺麗すぎるのよ!男性体でもそんだけ綺麗ってどんだけ)


「えええ?病気かもしれないってー!?」
「……うん」

「どこ?どこが悪いの?」
「痛いんだ」

「だからどこが!」
「心臓が」

「えっ。えええっ!心臓、ってあんたそれ大変じゃない!ど、どどどどんなふうに?」
「ときどき、締め付けられるようにキュウって痛くて」

「そ。それでっ?!」
「突然、ドクンッって鼓動が強くなってそのままドキンドキンって続いて」

「えっ。そ、それって不整脈?!どんなときになるのっ?!」
「夜に一人で居ると、泣きたくなるほど、ひどくて」

「……そ、そんなに痛いの?」
「お会いしたときなんて、心臓だけじゃなくて、顔まで赤くなったりして」

「……。それで?」
「最近はろくに言葉も出なくなって、お話もきちんとできなくて……っ」

「……ねえ、クズノハ。それってさ」
誰かのこと考えてたり、誰かと話してたりしてるとき、限定じゃないの?

「え?」



◇◆◇




「あーもー!自覚無しだったなんて、呆れるー」

周りが変に自覚させてもますます悪化するだろうから、言わなかったけど。

「まずったなぁ。絶対この間のお見合い事件が尾を引いてるよねぇ。

(ちょーっと遊びすぎちゃったかなぁ)
(キスしちゃったみたいだもんなぁ。本人その行為の意味よく分かってないみただけど)
(どうしよ。やっぱり、本当のこと教えてあげたほうが良かったかなぁ)

あんたはシュラ様に恋しちゃってるのよ!って。

(でも)

「だめだめ。こういうのは自分で気付かないとね」

(はぁ。でも)

思うだけで心臓がドキドキして。
目の前にすると、胸の鼓動が速くなって。顔が赤くなって、言葉もうまく出なくて。

「夜に一人で居ると、泣きたいほどせつない、かぁ」

(あの子の性格であの年なんだから、初恋よねぇ。でもまた何で)

「よりによって、あんな“最難関”に」

(こればっかりは助けてあげられないわよねぇ。私だってライバルなんだから)
(うん。仕方ない仕方ない)




……そう自分に一生懸命言い聞かせながら。

本当のことを教えられないのも。
ライバルだからと助けなくていいことに安心しているのも。
自分がさっきまで誰にドキドキして顔を赤くしていたのかにも全く気付いていない銀狐は。


チクリと心臓を刺した微かな謎の痛みに、小さくホゥと溜息をついた。





Ende


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