さみしい。
あなたがいないのが、さみしい。
あなたにあうためだけに、ぼくはここにいるのに。
「ん?どうしたのぉ?クズノハ」
「……あ。起こして申し訳ありません。……手洗いに、行ってまいります」
そっか。私の部屋からは“飛ば”ないと遠いから、気をつけて。迷わないようにね、と
寝ぼけまなこをこすりながら、優しく言うピクシーにクズノハはぺこりと頭を下げる。
キィ。
パタンと閉じる音を背中で聞いて。
ポテポテと歩いていく廊下は、幼い子狐が慣れるには豪奢が過ぎる。
(なんだかよく眠れない)
(……理由は、分かってる)
(シュラ様のお傍で眠らなくなって、半月)
(朝になればお会いできる。ただ、夜にご一緒しない、だけ)
ただ、それだけのことなのに。
ジクジクと痛い。心が痛い。
(これが“さみしい”ってことなんだって、気付いたのはいつだったろう)
思えば。
(シュラ様に会えるまで、ずっと、僕は)
――― ずっと、ずっと、さみしかった。
お遭いできたあのとき。
(やっと、逢えた)
やっとやっと逢えたって、あのとき。
そう、思ったのに。もう二度と離れないって、そう。
思ったのに。
フル、と子狐は頭を振る。
(情けない。惰弱だ。こんなことでは、いけない)
そもそも。今回のこれは。仕方の無いこと。
(お体の力のバランス調整が上手くいかないと、おっしゃっておられたっけ)
(だから夜はその調整で、しばらくは一緒に居られない、と)
混沌の王の内側は、その名の通り、混沌の渦。
孕む力は膨大でその調整は並みの者では手に余る、どころか下手をすれば、狂って死ぬ。
その闇の深さに溺れて沈む。混沌に沈む。
(だから、クー・フーリン様やロキ様。ときにはルイ様が“調整”されているのだと)
そう聞いているけれど。
これまでも何度か、その調整でお傍から離されたことはあったけれど。
これまでは長くても一週間、だったのに。
もう、半月。
こんなに長い期間の“調整”
いったい、誰と。……今は、誰が。
――― 誰が。あの方のお傍で。
◇◆◇
「あ」
(しまった)
用を足した後。考え事をしながら歩いていたから。つい。
(ここは)
シュラ様のお部屋の前。
見慣れた扉の前で、立ち止まってしまった自分を責めながらも。
無駄に能力の高い耳は、その気も無いのに既に室内の音を拾ってしまっている。
(いけない。無作法な)
でも。
とても、静かだ。
(もう、おやすみになっておられるのかな)
……少しくらいなら、お顔を見ても、いいかな。
そして。
小さな白い獣が。
禁忌を破ったその罰に。
黒く染まった心で、その悪夢から逃げ出すのは、その数分の後だった。