七獣者




「側近を増やせ、だぁ?」
「御意」

荘厳な広間の中央に鎮座する大円卓。
緊急で重要な案件が、とルキフグスに請われての会議の場で。
唐突に振られた、その非常に個人的とも取れる提言にシュラは眉を寄せる。

「まさか、それが、緊急で重要な案件?」
「「「「「「「「いかにも」」」」」」」」
「……お前たちまで……」

円卓をぐるりと取り囲む魔将軍全員に同意をされて、
はあ、と深く溜息をつき、卓上に肘をついた右腕の上の掌に痛む頭を乗せて、数秒。

「側近、ってことは何?あっちの相手も兼ねてってこと?」
「御意」
「即答かよ」
ちょっとは濁せよ、とうんざりとした音の独り言が落ちる。

「ご希望をおっしゃってください。魔界中から選び抜いて参りますゆえ」
「“案件”は選ぶ内容であって、その是非では無いわけか」
「御意」
「俺の意志は無視か。ルキフグス」
「手段は選んでおられません」
「手段……って、何の?」
「強き剛き次代を作るための、です」

なにしろ。
「貴方様の側近がいずれ劣らず、恐ろしいほどの能力をお持ちなのは周知の事実」

あーそうだなーむしろ“羞恥の事実”だよな、とまぜっかえす言葉を華麗にスルーして
魔界一のキレ者は言葉を続ける。

「現時点でもそうですが、何よりも」
次代の、と念を押されて、シュラは再び溜息をつく。

「なりふり構わず、か」
「申し訳ございません……あと、天軍にターゲットを絞られる危険性を鑑みますれば」
「ターゲット?絞る?」
「既に、クー・フーリン、ロキ、そしてウリエルは最上位リストにあるはずです」

陥れ倒すべき敵として、と指摘するルキフグスにシュラは金色に染まった瞳で答える。

「……、特性も弱点も何もかも調べつくされている、ということか」
「御意」

なるほどな、と溜息を一つ。
くるり、と座っていた豪奢な椅子を戯れに回して、キュと止める。
その視線の向かう先は魔将軍。

「で。お前たちの提案は?」
それで全員揃ってるんだろ、と促され、皆が首を縦に振る。

「まずは七獣族より一名ずつ」
「なるほど、あいつらが一番攻撃力高いしな」

あと、勢力争いのくだらない諍いを避けるために同時に七名?平等に扱えって?

「ご慧眼のとおり」
「で。とりあえずは、雄?雌?」
「混沌の王のお望みどおりに」
「ふうん。ま、いっか。リスク分散ってことで戦略面から考えてプラスなのは分かる」

“まず”、というのは気に入らないけれど。と小さく落とされた苦情は。
本来なら3桁はお願いしたいところですが、と控えめ(・・・)に苦言を呈されて溜息に変わる。

「ところで。現時点で、俺の側近、と呼べるほどの実力のあるヤツ居るの?」
雄でも雌でもいいけどさ、と。直球の、否定形しか返せぬ問いに皆が息を呑んだすぐ後に。

「……仕方ないな。とりあえず、従者レベルからいくか」
この前のお見合い茶番から見ても、大して強いの居ないよなーと、
淡々と妥協案を提示されて、安堵の溜息が落ちる暇もなく続く言葉は厳しい。

「じゃあ、俺の“お望み”だが」

――― 弱いヤツは要らない。

赤い瞳で落とされた、魔力のこもった本気の声に、魔将軍達の背に冷たい何かが滑り落ちる。

要は若手育成ってことだろ?軍の指揮を執れ、とまでは言わないが。
「俺の横で俺と共に戦えるヤツ。それが俺からの最低条件だ」

雄でも雌でも構わないが、俺の従者にしたいなら、戦えるヤツを選んで来い。

「じゃないと、たたっかえすぞ」

その厳しい、自惚れとも見える言葉の裏に。
実力の無い者が混沌の王の傍につけば、滅ぶだけだと。
無駄死にをさせるな、という思いが含まれていることをよく理解している魔将軍たちは
全員速やかに、御意、と頭を下げた。



◇◆◇


はあ。

「どうかなさいましたか、シュラ様?」

ふぁさ、と腕の中で揺れる柔らかい白い毛を撫でながら落ちた溜息。
心配そうにキュと鳴く最愛の獣を見つめて、なんでもないよとシュラは笑う。

七獣族。
七つの大罪を体現し、その存在そのもので大いなる意志を裏切り続ける獣の一族。

Zorn(憤怒)の一角獣。 Hochmut(驕り)の獅子。 Neid(嫉妬)の蛇。
Tragheit(怠惰)の熊。 Vollerei(暴食)の豚。 Wollust(淫楽)の蠍

そして腕の中に居る、こいつは…… Habgier(強欲)の狐。

(強欲なのは、俺のほうだな)
(とっくに何もかも諦めていたのに)
(それでもまだ欲が残っていたなんて)

「シュラ様?」
心配そうな声にもう一度、なんでもないと答えて。ゆっくりとクズノハを撫でる手は優しい。

(あのルキフグスが言い出したって、ことはよっぽどか天界の画策が煩わしいか)
(ぬるま湯で育った魔族どもの力の低下が甚だしいか)
……それとも。

もう一つの可能性を思って、シュラは軽い溜息をついた。
腕の中のクズノハにばれないように、そっと、こっそりと。



やがて。腕の中でくうくうと寝てしまったそれをゆっくりと寝台に横たえて
そのおでこに愛しげにやわらかい口付けを落とす。

「クズノハ」
呼びかけても起きないその獣を見つめる瞳は、とても優しい。優しくて悲しい。

「クズノハ」
「お前の子供、見たかったけど」

(それもあって、力増やして、バランスをとって、戦ってきた、けど。でも)

でも多分。きっと。もう。

「時間。無いかな」





Ende


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