魔界の森深くにある、泉。
先ほどまで影をひとつにしていた主従は、後をつけてきていた獣たちが。
片方は真っ赤な、片方は真っ青な顔で去っていくのを確かめて、そっと離れる。
「もう、よろしいでしょう」
「リン?」
「このような場。……貴方様を他者の目に触れさせる可能性がある場で」
私がこれ以上貴方様を暴けるとでも?
その辛そうな声にシュラの瞳は揺らぐ。
「すまない」
「構いませぬ。所詮、私は貴方の下僕。お気になされぬよう」
「そんな言い方はよせ」
「申し訳ありません……ですが」
白い幻魔はそっと主に近づき、その耳元に唇を寄せる。
遠目には愛撫に見えるように。万が一にも誰にも声が届かぬように。
(よろしいのですか?)
(何が?)
(わざと、私をお誘いになられ、わざとあの子たちにお見せになられたでしょう。何故に?)
(……「好きだ」、と言われた。だから)
「なるほど」
だから、の後、口ごもった主の心の内を、なるほど、の一言でまとめた下僕に、シュラは儚げな笑みを向けて、命じた。
「もう一度キスをくれ。リン」
「仰せのままに」
リン
はい
ルイに言われた
何を
決着をつけるよと
では
そうだ
――― 俺は、もう、もたない。
「!」
(だから、あいつの気持ちは、いらない)
白い幻魔の黒い瞳が揺れ、その腕は主を強く、固く抱きすくめる。
「お許しをいただきたい」
「リン?……何の?」
「……どこまでも、お供を」
「リン」
分かった、と。主の苦い許しが落ちたのは。
哀しい口付けがもう一度、かわされた後だった。