アクシャ・マーラー


アルカトラス社 日本支部 本社

「あ!久しぶりだね!!ライドウくん!!」
打ち合わせまでの時間つぶしに寄った、本社のカフェテリアでかけられた、声。
憩いの場、とはいえ、本社では滅多に聞かれないほどに、明るい挨拶を意外に思って、
僕はその声の主へと振り向く。

「うわー懐かしい。前に会ったときは、まだ君が新入社員だったのに!」
この、にぎやかで人の良い、その場の雰囲気をいい意味で壊してくれる、人の名は。確か、
「……稲葉さん?いつ、アメリカから」
「んーと。2週間ほど、前、かな」

稲葉正男※1さん。広報のデザイン部門のチーフ。
親しい人からはマークと呼ばれる、この人も、見た目と中身のギャップが激しい。
一見、ひょうきんでお調子者なこの人から、あの誰をも惹きつける芸術が生まれてくるなど。
僕も初めは、信じられなかった。

「そういや、聞いたよ!R社……だっけ?いやー、さすがにライドウくんの大正課だね!」
いきなり今週中に仕様を変えろ、ってゴネてきた先方が感服したって!
あれだけの内容を、あの短期間で、よくぞ、って。

「って、無茶だって分かってるなら、最初からゴネるなって、感じだね」
「そう、ですね」
何気なく、かけられる賞賛に僕の苛立ちは募る。

あれから、何度、褒められても、いや、褒められるたびに増していく、不快さ。
誰に言えば、分かってもらえるのだろう。信じてもらえるのだろう。
その賞賛を受けている仕事を、自分達は、成した覚えが無い、のだと。
その仕事を”できる状況”にあったのは、自分たちだけであるにも関わらず。




◇◆◇



R社の嫌がらせとしか思えない、依頼内容に苦しんだ、あの日。
目を離した隙に逃げ出した上司。夜の街。にこりと微笑む、謎の少年。

彼の書置きを見た、その後。
何とか鳴海さんを叩き起こして、パソコンに向かわせたのだが。

「あれ?……すごいな、ライドウ!!完璧に手直ししてくれたんだ!」
なーんだ。これなら、俺、あのまま酔っ払ってても良かったじゃん〜、と寝言を言う鳴海さんを呆れた視線で見やりながら、彼のパソコンを覗き込んだ僕の視界に入ったのは。

「……そんな、馬鹿な」

完璧なコード。
あの、致命的なプログラムミスが無くなっている、だと。
それどころか、時間が無いからと無視しようと思っていた細かな荒い部分まで。
……綺麗なコードに。

――― いったい、誰が。

あの状況で、できる、とすれば。
由良くん?……彼、しか居ない。
いや、けれども。

僕達が席をはずしたのはほんの30分程度。
大体がプログラムを結合させるには、僕のパソコンも確かめなければコーディングはまず不可能。
そもそも鳴海さんも僕も”ケルベロス”を常駐させ、パソコンにロックをかけている。
そうでなければ、部外者を独り残して、部屋を開けたりは、しない。

鉄壁のセキュリティを誇る、認証システム。通称「ケルベロス」
地獄の番犬の名を冠するそれは、パスワード、指紋、声紋認証レベルは当然のこと。
ある程度の時間、”飼いならす”ことで、主人のタイピング速度やマウス操作の癖まで覚えこむ。
いわば、飼い犬が主人の匂いを覚えるような、ものだ。

つまり、万が一パスワードを盗まれたり、指紋や声紋を偽造された、としても。
”匂い”を覚えたケルベロスが「主人」では無い、と認識した途端に、全ての動作がロックされ。
状況によっては、その不正使用された端末の元に警備員が飛んでくるはめに、なるわけだ。
(機密性の高い端末などには、「偽者」の”匂い”を覚えこみ、警視庁の前科者リストさながら、
独自にクラッカー疑惑候補の情報を蓄積する機能まで、付随していると、聞く)

パスワードも、指紋も、音声も、プロが本気でかかれば偽造することなど容易い。
だが、どんなに姿形を似せたところで、優秀な番犬が愛する主人と他人を間違えぬように、
ケルベロスもまた、けして、己の主人(マスター)以外を受け入れることは、無い。

そう、だから。
あの短時間でシステムをアンロックして、プログラムを把握して修正できる、はずが無い。
そんな神業ができるとすれば、それこそ、天使か悪魔か。
ケルベロスを生んだ創造主(グランドマスター)、とされる、”人修羅”、ぐらい、だろう。





◇◆◇



「ほら、こんなにスマートなコーディングは人修羅さんレベルだって、大絶賛で!」
心の声と同時に告げられた、その名前に、僕の眉はピクリと動く。

――― 人修羅。
10年前にアルカトラス社の名を轟かせた、真Vプログラムを作成した、天才プログラマの通称。
その無駄のまったく無い、それでいて分かりやすく動きもスムーズなコーディングは、まさに、と。
この業界で神格化までされた、男。
その後の、アルカトラス社は彼の評判に恩恵を被ってきたと言っても過言ではない。

平たく言うと。
「彼一人に、アルカトラス社がおんぶにだっこされている、という人修羅さん、ですか」

ずっと、会いたかった。
彼に会いたくて、この会社に入ったようなもの、なのに。
けれど、確かマニアクスプロジェクトの後で、一線から退いて。
一度、アバタールチューナープログラムの最終時点で無理やり参画させられた、とは聞いたが。

「ああもう、ライドウくん。そんなこと本社で大きな声で言っちゃ駄目だって!」
アバチュ課の連中なんか、今でもトラウマらしいんだから。
「トラウマ?」
「うん。人修羅さんがアバチュ課のある支部に出張する、なんて聞いた日には
人修羅が来るー!!とか皆で大騒ぎして、寝た振りをする、とか」
「……なぜ、寝た振りを?」
「寝るほど疲れてるなら仕方ない、って、そのまま寝かせてくれるらしいよ」
優しいんだか、厳しいんだか。そう、くすくす、とマークは笑う。

「いや、優しいんだけど、仕事には鬼のように厳しい、ってコトかな」
アバチュ問題でも、こんなに、いいプログラムなのに、何で無駄にニ分割させたんだ!って、物凄い勢いでブチ切れたらしくて。
「でも怒りつつも、結局、人修羅さんが鈴木社長に頭下げて、協力してもらったって噂だから」
「鈴木社長?」

確かに、鈴木社長の能力の高さは噂に聞いたことがある。だが。
アバチュプログラムのスタッフ欄に鈴木社長の名前は見たことが。
「あはは!本名で出てるわけないじゃん!!!”人修羅”だって、本名じゃないんだから!!」
そっかー、ライドウくん。まだ鈴木社長のコードネーム知らないんだ。知らなくて正解だけど。

「にぎやかだと思ったら。やはり、君か。稲葉くん。久しぶりだね……葛葉くんも」
「うわ。氷川さん」
「……氷川課長」
「しかし稲葉くん。公共の場ではもう少し控えたまえ。後、広報の連中が君を探していたが」

あちゃーという表情で頭をかきつつ、じゃ、またなライドウ君と手を振るマークに会釈しながら、
噂をすれば影か、とライドウは心中で溜息を付く。

氷川。
件の「人修羅」を擁する真V課の課長。当社一と言われるほどの、切れ者。

サイバース社の大幹部であった彼が、この会社に引き抜かれた当時、業界は大騒ぎだった。
――― その時に、彼が、呈示した”条件”にも。

「そういえば、見せてもらったよ。葛葉くん。R社の試作品。……素晴らしい出来だった」
「……どうも」
聞きなれた針の筵。そろそろ痛覚も鈍化してきたか。

「しかし、変だね」
声を潜め、何かを含めたような、物言いにドキリと、する。

「何が、変だと」
「いや、鳴海君のコードがね……どうも、彼らしくないな、と」
「……」
「パッと見た目は鳴海君スタイルのコード、なのだが。……どうも、ね」
違和感があるのだよ。スマートすぎる、とでも言うのかな。

固まったまま、答えない僕に、
いや、失敬。知人のコードに似ていてね、つい気になって、と彼は続ける。

「気にしないでくれたまえ……おや?……君も、私と同好の士、かい?」
どこか皮肉気に嗤いながら、左腕を曲げて揺らす、氷川課長の手首には、数珠。

「……いえ。僕のコレは、母の形見、です。特に信仰を持つわけでは」
ち。会社では首に掛けるようにしている※2のに、失念していた。
思って、自分の手首に巻いたロザリオを、見る。

なるほど。母上の。……では、今回の美しきコードは、もしや、天上の母上の思し召しで。

「迷える子羊を救わんと降りてこられた天使にでも、会ったのかな?」

いや、それとも、美しい狐を闇に落とそうと画策する、
――― 優しい、悪魔に。


ジャ、と数珠の音を響かせながら、氷川課長にかけられた謎の言葉は。
しばらくの間、僕の心を、騒がせた。





Ende

現代パロ部屋top



※1 稲葉正男:ペルソナ初代出身。お人好しのムードメーカー。アメリカ留学時に絵の才能が
認められ、現在に至る。(というウチ設定……そのうち、マキちゃんも出したいなぁ)
※2 ロザリオは手首につけるのが本来の形。です。でも、タイピングしにくいので首に。

アクシャ(物をまっすぐ貫くもの)・マーラー(物を糸で繋いで連ねたもの)=数珠。のことです。
深読みは……ご自由に。