ふれる



――― この、不快な揺らぎは何だろう。


「……っ」
時々、誰かを呼びながら、目が覚める。昔からの、癖。
夢の中ではあんなに鮮明だったその相手の顔は、目覚めると、封印でもされたかのように。
思い出せない。

ただ、右腕だけが。
恐らくはその人をつかもうとしてつかめなかった、無力な右腕だけがいつも悔しげに震えて。

「……ふるえ、か」

悪夢の名残を左手で握り締めて、止めながら、ライドウはぽつりと呟く。

ふるえ。
ゆら、ゆらゆらと、ふるえ。
どこかで、聞いた、古い、言い回し。
どこで、聞いたのだったか……。

「ゆら、ゆらゆらと」

ああ。でも、きっと今日の夢の、相手の顔は、きっと。彼だ。

キリ、と歯が微かな摩擦音を立てる。
……あの日のことが、頭から離れない。
親しげな笑顔、困ったように傾げた首、無防備な肩、それに乗じてそっと触れるあの男の。

彼に触れるな、と。叫んでしまいそう、だった。そんな権利も、起因となる感情も知らぬのに。
顔見知り、とすら呼べない、たった一度、会ったきりの年下の。

「……由良、くん」

その名を呼ぶと、少しだけ、右腕の震えが納まり、その、反動のように。
心臓の鼓動が、揺れだすのを、男は、感じた。

ゆら、ゆらゆらと。

――― その故も分からぬ、のに。




◇◆◇




もう、こんな季節か。

街の装飾を見て、やっと時の移り変わりを、知る。我ながら、情けない、ことだ。
たしかに、この業界ではイベントに構っている余裕など、欠片も無い場合が多いけれど。

去年は例によってプログラムの(バグ)取りをしながらの年末だったしな、とライドウは溜息をつく。
そんなどころじゃないのに、いきなり鳴海さんがシャンパンを開けて飲みだして。
結局、あのときも、確か鳴海さんが酔っぱらって……。
嫌な記憶に触発された微かな頭痛を覚えながら、近くのコンビニに入る。

彼は、どうしているだろう。
由良、君。……きれいな名前と評したのは、鳴海さん、だったか。
後から情報を聞いてみると、酔った鳴海さんが一方的に彼に絡んで、いた、と。
少しの、違和感。だらしない人だけれど、悪酔いして、人に絡むような習性は無かったのに。

レジを済ませ、コンビニのドアを出た僕の視界に。

「!」

これが、噂をすると、ということなの、だろうか。
由良、くん、だ。間違いない。
でも、また、こんな夜遅くに。
どう見ても十代の彼が、こんなところに居たら……

「……っ!」
言わんこっちゃない!!
彼が今、話しかけられたあの人は、確か。
……刑事だ。しかも、ものすごく素行(特に青少年の)に厳しい。

「由良くんっ!」
「え?」
「あ!」
職務質問をされかかる彼の手首を慌てて掴んで、引っ張り。背中に庇う。

「……君! なんだ、いきなり!!」
予想通り、厳しい叱責の声をあげる刑事に言葉を返す。

「……彼は、僕の連れ、です。……周防刑事」
「え?」
怪訝そうにしていた刑事が僕の顔を見て、その表情を柔らかいものに変える。

「あ……れ? 君は……ライドウさん?」
「お久しぶり、です。周防さん」
「へえ。ライドウさんも、由良さんの知り合いだったのか」
「……え?」
(由良さん?)

戸惑ったように由良君の顔を見ると、彼は困り顔で何度か瞬きを落として、視線を逸らした。

「彼と、お知り合い、なんですか?周防さん」
「ああ。由良さんは僕の幼馴染なんだよ。小さいときはよく一緒に遊んでもらって」
(遊んでもらって(・・・・)?)

「か、克也さん。恥ずかしいですから」
焦ったように、周防刑事の言葉に彼が割り込み、心地良いその声の響きは僕にも向けられる。

「あ、あと、ごめん……ええっと、ライドウ、さん?」
「何か?」
「あの」
……手、離して、もらえませんか?
言われて、今までずっと彼の手首を握り締めていたことに、気付く。

「す、すま、ないっ!」
慌てて離した僕に、いえ、気にしないで、くださいと、彼は笑い。

「じゃあ、すいません。俺、急ぐんで、ここで」
またね。克也さん。ライドウさん。
そう言って、手を振って、駆けていく彼に。

失礼します〜、と頭を下げ、親しげに手を振る周防刑事の態度に、僕の不可解さは頂点となった。





◇◆◇



「いや、久しぶりだね。ライドウさん」
そっか。今はSEを。……君って何でもよくできる人だから。
でも……鳴海探偵社が閉業してから、もう3年か、早いね、と。

不可解さを解消させるために、ライドウが誘った簡易な喫茶店で周防刑事はにこやかに語る。

「それより、周防さん。……彼、」

なぜ、注意も、補導もしなかったのですか、と言いかけてライドウの声は止まる。

真面目で潔癖な周防刑事らしくも無い。
幼馴染だからと言って、本来なら取り締まるべき未成年者の夜遊びを黙認とは。

けれど、それを言うと、由良への恩を仇で返すようで、言葉を詰らせるライドウを。
周防克也は怪訝そうに、首を傾げて見やる。

「彼、幼馴染、って言ってましたが」
「ああ。由良さん!昔からちっとも変わらない人でね。優しくて」
僕も弟も、ホントによく遊んでもらったんだよ。
「そう、ですか」
(なるほど。弟さんが一緒だから、遊んでもらった、なのか)

「頭もいいし、喧嘩も強くてね。文武両方で、とにかくとてもお世話になったんだ」
「そう、ですか」
(なるほど、恩があるから、敬語を使う、わけか)

とりあえずの不可解さに決着が付き、ほぅ、と溜息を落としたライドウの耳に飛び込んできたのは。

「あーんな顔して、とっくに成人男性なんだから、ホント変わらないにも程があるよね」
「そう、ですか……っ、て、成人?!」

飲んでいたドリンクを吹き出すほどの、問題発言だった。



Ende

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ふれる、は「振れる」か「触れる」か「狂れる」か。

「ゆらゆらと ふるえ(ふるべ)」は 神道のアレ。
古語辞典によると「ゆら」は玉が触れ合って、鳴る様をあらわす美しい語です。

周防刑事はペルソナ罪罰出身。パティシェ志望の猫好き(でも猫アレルギー)という美味しい設定。
どこからどうみてもブラコン。達也という弟が居ます。かっちゃんとたっちゃんw。
え?タッチでTouchで「ふれる」かって?……いやぁ、そんな、まさかって、うわホントだw。