ドク



今の僕の肩書きは、俗に言う、SE。システムエンジニアだ。

カチカチカチカチカチカチカチ。
「ライドウちゃーん」
「……」

その忙しさは、”死ぬほど、えげつない”の省略であると言われているSEだ。

カチカチカチカチカチカチカチ。
「ねえ、ライドウちゃんってば」
「……」

きつい(仕事が)、帰れない(家に)、結婚できない(嫁と)の3Kだとまで言われているSEだ。

カチカチカチカチカチカチカチ。
「いい加減、ちょっとは口きいてよ〜、淋しいよ〜」
「……無駄口を叩いていないで、仕事してください。鳴海さん」

その悪名高いSEに盆も正月もバレンタインもハロウィンもクリスマスも誕生日も無い。

カチカチカチカチカチカチカチ。
「仕事が増えたのは悪いと思ってるけどさ〜」
「……」

そんなことはこの業界に入る時点で分かっていた、ことだ。
けれど。

カチカチカチカチカチカチカチ。
「で、でも締切りを決めたのは、俺じゃないよ」
「……」

こともあろうに、12月25日早朝が締切りだと……?12月23日(祝)に連絡を寄越しておいて?
絶対、分かっていて、やったに違いない。
あの、真V課の氷川課長……。

カチ!と〆に強く叩かれたEnterキーが悲鳴を上げた気がして、鳴海も心中で悲鳴を上げた。


大事なことだから何度も言うが、SEに盆も正月もバレンタインもハロウィンも以下略
そんなことは分かっていた。別に問題も無かった。
共にそんなイベントを過ごしたい相手など、居なかったから。

……これまでは。

良かったら、その日、会ってもらえないか、と。
まだ、彼を “彼” だと知らなかった、あの頃、でさえ。
その、一言を言い出すまでにどれだけ、逡巡したか。

いいですよ、と。
俺も、同じこと、思ってたんです、と。
あの、柔らかい笑顔を返して、くれた、とき、どれだけ、嬉しかった、か。

イベント好きなこの国の浮かれた気質を冷ややかに見ていたそれまでの自分を。
ホントにすいませんでした!と。土下座して世間様に謝っても構わない、と思えるほどに。

「で、でも、さ。良かった、かも、しれないよ、ね。ライドウ」
「……」
「だってさ、ほら、会えても今は喋れないんだろ?」
「……」

絶対、分かっていて、やったに違いない。
あの、趣味の悪いスーツの真V課課長……。

売り言葉に買い言葉、とは、よく言ったものだ。
大正課と真V課。共同してプログラムを組むこととなったのに。
やる気を上げるために、作業を分担して、途中までは別にコーディングを進めようと。
その時点でどちらのチームがどれだけ優秀か、如実に分かる、だろうと。

だから。
無駄な情報収集争いにならぬよう、“相手チームのチーフ”とはけして会話を交わさない、と。
何も知らないままに、取り決めた自分が、本当に……。

「まあ、あの時は、彼が、“彼”だなんて知らなかったもんねぇ」
「……」

驚いたよね〜。と、軽く流せてしまえる所長の性格が心底、羨ましい。
ああ、思い出すだけで、七色の汗を流してしまえそうな、過去の己の言動が、憎い。
てっきり、年下だとばかり、思っていたから。
うっかり、あんなことやこんなことや、そんなことまで、した、気が、する。……いや、した。

非礼の数々を謝罪しに行ったら、例の取り決めを楯にあっさりと面談を断られて。
……“彼”、ではなく、氷川課長に。

「〜〜〜」
絶対に分かっていてやったに違いない。あの真V課のM○ゲ課長……。

「……」
駄目だ。この調子では愚痴の無限ループ突入だ。そんな無為なことをやってられるか!

「あ。日課の日本茶ブレイク?」
いつもより遅いね。いってらっしゃ〜い、という呑気な声を背中に受けて。
僕は普段よりかなり遅くなった恒例の息抜きへと、出かけた。





◇◆◇



会社近くにある、小さな公園。
昔からある古い神社を保護する為に設けられた、本当に小さな一画。
仕事で煮詰まってしまった時は、そこでしばらく、頭を冷やすのが僕の習慣。
途中のお茶メーカーの専用自販機で、気に入りの銘柄を購入して。

ガチャンと落ちてきた缶は、冬の大気の中でほっこりと温い。
コートのポケットにそれを入れながら、光に彩られた街を、見る。
冬の風物詩となった、派手派手しい電飾が、今の僕には少し寂しく、思えた。

鳥居をくぐり、コツリと石畳を踏み、カサリと未だ残る落ち葉の音を聞く。
数少ない憩いの場、とはいえ、クリスマスイブの夜に、しかも神社だ。
まさか、誰も居ないだろう、と思っていた、のに。先客が、居た。
僕の定位置であるベンチに腰掛けて、白い息を両手にはきかける、少年……?

「!」
どうして、こんな、ところに!

「由……」
呼びかけようとした僕に気付いて、顔を上げて、指を口元に当てた貴方は、にこりと笑う。
笑いながら、首を横に振る。駄目だよと、いうふうに。
ああ、本当に貴方は仕事には、厳しい。

あの取り決め以来、本当に一度も貴方は僕と話してくれなかった。
逆恨みも甚だしいと思いながらも、僕は苦しかった。
貴方のせいじゃないのに、自分で勝手に決めたことなのに。

慌てて、駆け寄った僕に、黙ったまま、す、と差し出される、……少し大きめの紙袋?
え?、と。逡巡して固まる僕に、困ったように笑って。
貴方は、僕の手にそっと、触れる。

その冷たさに、一瞬ゾクリと震えた僕に、すまなさそうに、すぐに手は離れて。

気付くと、手には心地良い重み。
持たされたそれに気を取られた隙に、貴方は立ち上がって、スタスタと去っていて。
もう、後姿しか見せてくれない。


「待っ……」
思わず、掛けてしまった声は。
仕事に関しては鬼のように厳しい貴方の視線に止められて、冬の大気に溶けた。






◇◆◇




陣中見舞いだよ。毒やトラップは入れていないから、安心して、と。
恐ろしげな注意書きが付いた、その紙袋の中身は。
保温性の高いポットと、袋が二つ。小さいものと、中ぐらいのもの。
各々に、送り先へのメモがついた……。


「絶品!」

自家焙煎なので、お口に合うか分かりませんが、と、記されたポットの中身は。
珈琲にうるさい鳴海さんを、一口飲むなりそう叫ばせた後、絶句させ。

「ゴロニャ!」

大好きなゴウトさんに、と忌々しいメモのついた、小さな袋に入った、焼き菓子は。
安物のキャットフードに後足で砂をかけるような、無駄に舌の肥えた御猫様の喉を鳴らさせ。

「……!」

“本物”は、仕事の邪魔になるから、またいつか、と、言葉の添えられた、
キータッチしながらでも、つまめる形状と、手が汚れない表面を持つ、軽い触感のクッキーは。
ゴマと蜜の風味が後から追いかけてくる、甘い、芋の。

――― 覚えていて、くれたのだ。
たった、一度、和菓子店の店先を通りかかったときに。
僕、これ、好きなんです、と。一言、言った、だけ、なのに。

差し入れを一口齧るなり、BIND状態に入ったライドウに気付いたか、鳴海が優しい声をかける。

「良かったねぇ、ライドウ。素敵なサンタさんが来てくれて」
ちょっと違うけど、敵に塩を送られるって、こんな感じかな?
……ああ、でも、早く彼と一緒に仕事したいねぇ。
俺、こんな珈琲飲めるなら、どんな無茶なノルマでも果たせそうな気がする。

言いながら、窓の外にちらつく白いものに、気付く。

「あ、雪だ。ホワイト・クリスマス、だねぇ。ロマンチック」
……今日は冷えるって言ってたもんねぇ。

「!」

言われて、気付く。

触れられただけで、震えるほどに、冷たかった指。
一体、いつから、貴方は、あそこで、僕を。

焦ったように視線を揺らし、でも、どうすることもできないで行動に惑う、普段は優秀な部下を。
昼行灯な上司は、ポンとその肩を叩いて、宥める。

「早く、終わらせて、お返しのプレゼント、買いに行こう」
彼は仕事では“修羅”だからね。がんばらないと絶対に会ってくれないだろ?

ほら、お裾分け、と言いながら、部下の手の中に、珈琲のカップを握りこませて。
じゃあ、仕事しますか、と、キーボードに向かう上司に感謝しながら。
優秀な部下がゆっくりと啜った、その暖かい液体は。

そこらの珈琲専門店が裸足で逃げ出しそうなほどに、雑味の無い、それでいて深くて透明な。
……黒くて苦くて甘い、悪魔の味。




――― 何が、毒やトラップは入れていないから、安心して、ですか。

こんなに酷い罠を、山ほど、仕掛けておいて。……大嘘吐き。


ああ、早く、貴方の口から、ポズムディをかけてもらわないと。
この致死量の毒は、身体中に廻る。


……きっと、もう、手遅れなのだろうけれど。




切なさに痛む心臓を紛らわすために、口に放り込んだ大学芋味の焼き菓子は。
甘いのに、やはり、どこかほろ苦くて。

早く”悪魔”に会いたくて堪らない愚かな人の衝動を、一層加速させた。







……Merry Christmas





Ende

現代パロ部屋top



毒で独で心臓ドクドクなクリスマス。来年はもっと幸せモードに……いや、予定は未定だ。
そして、プログラムが第5カルパに入るまでは、仲魔にしてもらえませんw。
すいませんね。氷川さんも必死なのでね。

ほんでもって、七色の汗が出るらしい、あんなことやこんなことは、またいずれ。
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