この世がおまえから離れ落ちる
おまえがかつて愛した すべての喜びの熱が、次第に消え失せ、
その灰の中から闇が脅かす
この世界には何も無い。
あるのは何者でもない何か。人でもなく悪魔でもなく神でもなく。
けれどその全てであるはずの、何か。
「っ、ぁ、…っ」
闇も無い光も無いその空な間の内に響くのは、意味を成さぬ、どこか甘い声。
(ごうじょうだね)
そして、つたない響きの冷たい言葉。
(ねえ、いいかげんにこっちにおいでよ)
何度も喚びに来てるのに、君も頭固いなぁ。
(はやくこっちにきてくれれば、こんなことしなくてもいいのに)
もっと、イイこともできるのに。
「…っ、ざ、けるな」
(ふうん。まだ、しゃべれるんだ)
やっぱり。すごいな。ぼくのお気に入りの、玩具。
でも、口答えされるの、僕、嫌なんだよ。知ってるくせに。
「あ、ゃぁ…っ!やっ、やめ、ろっ」
おまえの中に おまえは沈む
心進まぬけれど、ひときわ強い手に押されて
凍えながらおまえは、死んだ世界の中に立つ
俺が居るのは俺の中。
無理やりに人というカタチから引き剥がされて、それでも俺はココを選んだ。
ココを。何もかもが死んだ世界を。自分の意志で。なのに。
((もう、こえがでない?))
右の耳朶をもてあそぶソレが哂い。
((まだまだだよねぇ))
左の耳に舌を差し入れるソレが言い。
((もっと、っていってよ))
右の胸をなぞるソレが呟き。
((いいって、いってよ。ねぇ))
左の乳首を齧るソレがねだる。
今日は何人のソレが相手だと、数えるのもやめた。
どうせ、同じだ。いつも、同じだ。啼くだけ啼いて、叫ぶだけ叫んだら、後は気を失うまで。
気を失っても、また目覚めさせられて、同じこと。
(((ここ、こうされるの、すきだよね)))
俺の中心の幹を下から上につたういくつもの小さい舌。
(((ここも、よわいよね)))
俺の内壁に潜り込む、細くて短い複数の中指。
中途半端な刺激に、無意識に俺の腰が揺れ、そいつらは嬉しそうに笑う。
(((いいところにとどかなくて、つらい?)))
辛い?ああ、辛いさ。
でも、辛いのは、本当は体じゃない。
おまえのうしろから泣きながら失われた故郷の余韻が吹いてくる
子どもらの声とやさしい愛の調べが
死にたくなかったのか。消されたくなかったのか。もう一度生まれたかったのか。
何度くりかえしても同じくせに。お前たちは泣くのか。
何度、産みなおしても同じ、くせに。世界など。
((((ねえ、しってる?))))
男根の先に潜り込もうとする、細い二つに分かれた舌。
((((ツバサのあるヘビって、よぶんだって。ボクのこと))))
そう言って、俺を啜る、それはもはや人のカタチすらしていない。
知ってるさ。お前すら、そう、俺達の子ども。
何度目かの俺が産んだ子ども。そのまた子ども。多分。
((((どうして、ここからでてきてくれないの?))))
俺の体中を這いずる蛇のヌメヌメと光るカラダ。
((((キミがうんだせかい、なんだから。せきにん、とってよ))))
やがてそれは何十にも細く分かれて、それぞれが俺を嬲る。もういつもの、ことだ。
責任、は、取った。全てを消した。何もかもすべて。
カグツチも悪魔も人間も、すべて消した。だからここは何も無い。世界。
何が不満だ。何がいけない。お前だって楽しんでいただろう。この虚無を。
孤独への道は
難い、おまえが心得ていたよりも難い
夢の泉も枯れ果てている
だが、信じろ
「たしかに、そうなんだけどね」
何もかもを無くしてしまった世界、というのも綺麗かなぁって思ったんだけど。
「だって、おもしろくないよ」
何も無い、なんて。遊べなくて、つまんない。
「まあ、いっか」
また遊びに来るよ。次に来たときには今度こそ
((((((ボクとここを出ようね。カイ))))))
今回はここまでか、と、微かな安堵を塗りつぶすように、子供は言う。
「ああ、そうだ」
――― 最後の人修羅、見つけたよ。
ドクリともう打たないはずの俺の心臓が激しく音を立て始める。
最後の、つまり、最強の人修羅。
彼、いや、彼女さえ居れば、きっと、俺は。
「たのしみだね」
誰が、つかまえることができるかなあ。
君も会う機会はあるだろうからね。楽しみに待っているといいよ。
(ふふ。ゲルダに会えたら、“永遠”は創れるかなぁ? 可哀想なひとりぼっちのカイ?)
嬲りたいのか慰撫したいのか、分からぬ言葉を放り投げて子供は消え。
トクリトクリと鳴る俺の心音だけが、何も無いはずの世界に残る。
可哀想に?ゲルダ?永遠?
ああ『雪の女王』かと、昔読んだ御伽噺を思い出す。ほんの少しだけ幸せだった頃を。
…でも、違う。可哀想なのは、俺じゃない。
ああ、可哀想に。
最後の人修羅、だなんて。
俺ですら、ああだったのに。彼は生まれてから今まで、どれだけの地獄を。
(世界を全て壊してしまいたいと願う俺ですら、“最後”じゃなかったのに)
早く、会いたい。
会って、慰めてやりたい。
そして、共に。俺達を壊し続けるこの残酷な世界を。
――― 壊して、しまいたい。
おまえの道の果てにあるだろう。故郷が
そして、死と再生と墓と
“永遠”なる母が
Ende
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詩の部分は Hermann Hesse『孤独への道』を部分改訳(何と言う不遜な!)
画像は「地球照」です。英語名でearthshine
(shineはローマ字読みで遊べる言葉だねって、ぼっちゃまがクスクスと)