戒め






縛られているのは、揺らされているのは、まわされているのは、翻弄されているのは。


本当は。きっと、お前じゃないよ。






「ちょっと待てよ!ルイ!!」
「まだ納得できないのかい?」

ケテル城。軍議の場から去ろうとする魔界の王の腕を、混沌の王は掴む。
最強の魔物同士の(いさか)いに、並み居る魔将軍達もただ沈黙でその恐怖を見守る。

「お前以外、魔将軍全員一致の決だ。諦めたまえ」
「た、確かにあいつは命令無視も同然なこと、やらかしたけど」
「命令無視、どころでは無いだろう?功を焦り単独で敵に当たり、陣形を崩し」
「………」

「気付いたお前が急いでフォローに回らなければ、あの拠点は奪われていた。違うかい?」
「だ、けど。被害は何も無かったんだし、結果オーライで」
「甘いね。シュラ」
力の緩んだ腕をそっと指先でなぞり、逆にその白い手に掴まえて背広の男は苦く笑う。

「いいかい。たまたま今回はお前の側近が代理でまとめられる程度の小規模軍だから良かったようなものの。もし、これが周到な敵の罠だったならば」
お前という将が抜けるその隙を狙って主力軍が奪われていたかも、しれないのだよ?

「……」
「それに、罪には罰が必要だ」
「だ、からって、あんな、酷い…」

あいつ、まだあの時の傷が治りきってないのに、と呟くシュラを、ルイは複雑そうな視線で見る。傷が無ければ、魔物にとっては大した罰でもあるまいに、と。

「これでも甘いほうだ。恐怖支配なぞというレベルまでは不要だけれどね、見せしめは必要だ」
で、なければ、なめてかかる愚か者が必ず、出る。

「でも、ルイ!」
「くどい。いくらお前の頼みでも、これは覆らない。諦めたまえ」
「……」
「見せしめは必要だよ。シュラ」

言い聞かせるように繰り返されて。悔しげに唇を噛み締めた混沌王が、うつむいて言葉を止め。
やっとご納得されたかと、微かな安堵の溜息を落とした、固唾を飲んで見守っていた魔将軍と。
主様、と気遣うように傍へ寄った側近達の気持ちを叩き潰すように、彼は恐ろしい言葉を呟く。

「じゃあ、俺が代わる」
な、主様! シュラ様、何を!!と 揺れる場を放置して。彼は言葉を続ける。

「見せしめが、必要なら」
俺の配下だ。俺の責任だ。俺が、代わる。

「…ほ、う」
















アマラ深界

ゆらりゆらりと、赤いワインを注いだグラスを揺らすルシファーの前で。
ざわりざわりと、暗く澱んだ空気が重く揺れる。

アマラの水底。汚泥の沼の蓮の穴。
息を潜め、目を凝らし、心を切り裂かれて、悪魔の群れは彼らの最強最愛の将を見る。
羞恥のカタチで縛められ、吊るされた、アマラの贄を。美しい蓮花を。

「よろしいのですか。ルシファー様」
「おや、珍しい。お前まで来たか、ルキフグス」
この様子では魔界中が空っぽになっていそうだね、と微笑む背広の男に。地獄の宰相は黙ったまま頭を下げ、同じ問いを繰り返す。

「よろしいのですか。あの方をこのような」
皆の前で、辱めるようなことを。
「ふふ。確かに“もったいない”けれどね」
他の輩にまで見せてやりたくは無かったけれども。

「見せしめは必要だろう」
「見せしめですか。確かに効果的、ではありますが」

本来の処罰対象であった悪魔も功を焦った要因は。恐らくはシュラ様の寵を欲してだったろうに。

「ふふ。これで、もう二度と私やシュラの命に背こうなどと、思うまいよ。どの悪魔も」
「お人が悪い。シュラ様にご迷惑をかけるぐらいなら己を滅してくれと、言ってきておりましたものを」
「それでは、罰にならないだろう?罰はより効果的なもので無ければ」
ふふ。自分が吊るされた方がよほど楽であったろうにね。

「確かに。件の悪魔はシュラ様のためなら、その血の一滴すら惜しまずに戦い続けることでしょう」
(いつもながら、シュラ様の優しさほど残酷なものは無い。正に悪魔の所業(・・・・・)、といったところか)
ご本人にその自覚がまったくおありにならないことが、残酷さに拍車をかけているのだと、
溜息をつくルキフグスを見て、ルシファーは哂う。

ふふ。分かるだろう。ルキフグス。
「あれこそが、真の悪魔だと皆が信奉する理由が」

ほら、今も。ごらん。あの美しい形。淫猥で清浄で慈悲深く悩ましく。
「庇護欲と征服欲と嗜虐の悦びと背信の苦しみを同時に味あわせる、最凶最悪の魔物」

そう。あの芸術作品を見て。怒りと悲しみと憎しみと、そして。
口にはとても出せぬ欲に、恐らくは誰しもが、支配されている。
「このアマラの底中に、溢れかえっているようじゃないか。彼らの想いが」

――― 分かるだろう。ルキフグス。

「あれが欲しい、欲しい欲しいと、魔界中すべての魔物の欲が蠢いているのが」
ふふ、ふふふ。本来、悪魔はマガツヒを出さぬものであるものを。

あれを守り、あれと共に戦えるなら。
あれの信頼を勝ち得て、あれの傍に居られるなら。
天界(てき)にあれを渡さぬためなら、魔界中の魔物が何もかも捨てて戦うであろうよ。

「…これは、最後の闘いの後。もめますな」
「ふふ。不確定な未来の話をするとは、お前らしくもない。ルキフグス」
「この闘い。負けませぬゆえ」
「予言か」
「確信です」
あの魔物がこちらに居る限り、負けますまい、我らが混沌の軍は。
――― けれど、勝利したその、後は。天界を下し、大いなる意志を引きずり(たお)した、その後は。

「もめますな」
「“淘汰”が始まる」
あれを手に入れるために、あれの唯一になるために。果ても無い争いが。

ふふ。それでこそ、混沌の国。我らが求める新しき世界。

「あれは自分でもそうと知らぬままに、混沌の主なのだよ」
そして我らは知らず、あれに引かれあれに導かれ混沌の根源へと進む。
互いを殺しあって、つぶしあって、弱きものを消し続けて。より高きを目指し。

「残ったものが最強のアダムにしてイブ」
そして古き世界は死に、新しき世界が創世される。混沌の主の元に

ふ。恐ろしい子を得てしまったものだ、とルシファーは微笑む。満足そうに。

「お前も飲まぬか。ルキフグス」
もう二度と無いぞ。これほどの酒の肴は。
「いただきましょう」

冷静にそう返したようで、けれど。
魔界一冷徹と怖れられるルキフグスの目は吊るされた美しい魔物を追い。
その美しい斑紋の光が赤くなったことに眉を潜め。
「そろそろ、下ろしてさしあげてはどうですか」
信じられぬような甘い言葉を吐く。

くっくっ、と笑うルシファーを困ったように見つめて、続く声は苦い。
「皆の自制も限界でしょう。まだ“淘汰”が始まるには早い」
「なるほど」

分かった。では、この酒をもうしばらく楽しんでから、下ろしてやることにするよ。
「お前の、その、滅多に見られない、焦った顔も愉しんでから、ね」

本当にお人が悪い、と、珍しく視線を揺らすルキフグスを視界に入れながら。
ルシファーは背徳の杯に注がれた美酒の最後の一口を、こくり、と飲み干した。







Ende



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海老で鯛。いや、「小鳥の囀り」で鯨をつり上げましたー!
美しい絵は罪ですね!!萌えまっしぐら!俺得創作で申し訳ありません!!

シュラが代わった相手がどこかの白い子狐だったりすると、美味しさ倍増という罠w