晩秋



あはれな 僕の魂よ
おそい秋の午後には 行くがいい

建築と建築とが さびしい影を()いている
人どほりのすくない 裏道を






――― ニャアッ!!

『・・・なかなか、慣れぬものよな』
怒ったように脇をすり抜け、走り去っていく猫を見送って、ゴウトは軽く嘆息する。

外見は同族の態をとりつつも、異なる内を持つ黒猫を畏れるのか。
はたまた、黒衣の悪魔召喚師の規律正しい硬質な靴音が苦手なのか。

築土町の裏通りに陣取る野良猫たちは、どれだけの時を同じ町で過ごそうとも、
いっかなその警戒心を解こうとしない。

「・・・」
淋しい気もするが、猫とは、そういうものか、と、黙したままライドウは思う。

群れること、馴れ合うことを良しとせず。
表面上はどれほどに懐き、親しみ、愛撫を甘受し、その喉を鳴らさせようとも。
けして一定以上、他者に奥へは踏み込ませぬ、気高く、薄情で、残酷な、生き物。

――― そういえば、”彼” も、と。

思い出した感傷は、どこかリアルな触感を伴って、瞬時に少年の全身を巡る。

足音の乱れを感じたか、怪訝そうに彼を見やる先達の黒猫を気付かぬ振りで、
ライドウは己の歩みを修正する。

・・・己の内に篭もる熱も、気付かぬ振りで。




雲鳥(くもとり)を高く飛ばせてゐる
落葉をかなしく舞はせてゐる
あの郷愁の歌の心のままに 僕よ
おまへは 限りなくつつましくあるがいい





カサリ、とライドウの足元で、乾いた落葉が、踏んでくれるなと、泣く。
もう、晩秋だなと、ゴウトがひとりごちるのを聞きながら、少年が辿るのは、追憶。


閉じた世界。囚われの悪魔。触れ合った、肌。
季節の無い、あの壊れた地で彼と出会い、彼と別れた。

だから、彼と繋がる季節など・・・記憶など、この帝都の、何処にも無い。



――― 無い、はずなのに。

水無月。じとりとした湿気の中、ふわりと舞い飛ぶ蛍の営み火に、自分は何を思った。
(柔らかく闇を裂く緑の光。その儚くも哀しい色を纏い、 にこりと笑んだアレは、誰だったか)

葉月。正視できぬほどに、激しく眩しく輝く、あの夏の太陽に、自分は何を感じた。
(母神殺しの神の名を持つ、紛い物の光源を。 怒りのままに破壊せしめたアレは、誰だったか)

そして霜月。涙のように振り散る、この金と赤の落葉の泣き声を、自分はどう聞く。
(泣かぬ身体と己を評し、けれど慟哭し、 紅涙を流し続けるかの如く見えたアレは、誰、だったか)


・・・追憶は、幾許かの痛みを生み、連なる思考は、幾許かの寂寥を落とす。

事あらば浮かび来るそれらを消し去るために、何の代償が必要なのかと、少年は思う。




おまへが 友を呼ばうと 拒まうと
おまへは 永久孤独に 餓ゑてゐるであらう
行くがいい けふの落日のときまで






例えば。

「最後まで、付き合おう」
そう、伝えた、自分と。

「最後まで、一緒に居てくれて、ありがとな」
そう、笑った、彼の。

その、”最後”の意味は、果たして、同じだったのか、違ったのか。

あの日から、何度も何度も自問するこの問いへのその解は、この痛みを鎮静させるのか。


あるいは。

"王の中の王"に擬態して、そうまでして、彼の何を、自分は知りたかったのか。

生き様をか、死に様をか。
仮に後者だとしたら、それを聞いて、果たして、自分はどうしたのか、どうなるのか。

何かに脅えながら、悪魔どもに問い続ける己の愚行へのその解はこの寂寥を昇華させるのか。


そのいずれもが、どちらもが、仮定に過ぎぬ詮無い問答に。
応とも、否とも、判断をつけられぬまま、見慣れた風景の中を少年は歩む。

・・・己が守護する、町を。





すくなかつたいくつもの風景たちが
おまへの歩みを ささへるであらう
おまへは そして 自分を護りながら泣くであらう。







恐らく。と、少年は思う。

囚われたは、自分の方だ。と。
管という名の檻すら持たぬ彼に、我知らず魅入られ、愚かにも囚われたのは、自分だと。

・・・彼は、自分を厭ってはいなかった。けれど。執着もまた恐らくは薄かった。
あのような離別を予期していなかった自分に、じゃな、と笑って別れを告げられるほどに。

餌をもらい、耳の後ろを撫でられて、その場限りの媚を売り、喉を鳴らせてみせて。
けれど、彼は。易々と他者のモノへと成り下がらぬ孤高の生き物。檻の中の誇り高き野獣。

――― 彼が管に入らなかったのは、彼が自分を主とは認めなかったからだと、今なら分かる。

今、彼は誰に、その愛くるしさで覆い隠した、生来の残酷さを魅せているのか。
いつか、彼が主と認める誰かを見つければ、その足元に擦り寄り、甘く笑み、啼いてみせるのか。
もう、自分には、もう二度と。あの肌に触れさせることも、無いままに。

「・・・ッ」

行き着いた思考の先端がギリリと突き刺す心の痛みは、未だ少年を解放しない。


だから少年の心は、嗤う。
人は、誰のものにもならない、と、言の葉にした自分の愚かしさを。

他ならぬ己こそが、誰よりも彼を自分の"モノ"としたかったのではないか、と。
他ならぬ己こそが、既に彼のものになっているではないか、と。

――― 彼の与り知らぬ、もう、触れ合うことも無い、この遠く離れた地で。


やがて。
何度も乱れては拍子を取り繕い、それでも銀楼閣へと確実に向かう後継の足取りに。
秋は物思いの季節、であるな、と。分かったような常套句を黒猫が呟くのを聞き。

言われずとも、と、少年は苦く笑んでみせた。






・・・そう。

残酷な黒い獣に言われずとも。
もう、自分は多分、知っている。



もはや自分では、飲み込むことも吐き出すこともできない、この醜い物思いの本当の名を。








kent様から挿絵をいただきました!正に眼福!!


GIFT部屋top



管理人憧れのサイト様「幻想○物園」改め 「人と悪魔と」のお二人を
イメージさせていただいた作品です。
とてもとても緊張していたようで、気付くと書いている間中、ずっと正座をしていました。
台詞やシーンはサイト様の美麗イラストからお借りしましたので、是非サイト様に行って
”本物”をご堪能ください。(訪問先でのルールはくれぐれも遵守お願い申し上げます〜)


フォント色を変えた部分は 立原道造 『晩秋』

ライドウさんと同年代=大正三年七月に生まれた天才詩人のこの作品と出会ったのは
晩夏に訪れた大正村で「ご自由にお持ちください」と置いてあったリサイクル本でありまして。
・・・ちょっと運命を感じました。他もライドウさんぽい作品が多いのでお勧めの詩人さんです。
ちなみに二十六歳で夭逝されておられます。こんなところもライドウさんぽいと書くと怒られますね。
いや、だって、美人薄命と言いますし。