「ただいま、帰りました」
部屋の中で死んだように横たわる、ソレに悪魔召喚師は優しく声を掛ける。
歩み寄って、傍に座り。
ふわりと腕に抱きしめ、口付けようとすると、衰弱したソレは頭を振って、その接触を拒む。
「強情、ですね。まだ諦めていないのですか」
ふう、と溜息を付くヒトに、腕の中のソレは苦しげに名前を呼ぶ。
「ライ、ドウ。お願い、もう、やめて」
その言葉が聞こえないように、ヒトはソレに語りかける。
「ねえ。もう、限界でしょう。いい加減に、僕のマグネタイトを食べてください」
生存能力の高い女性体になって、もう何日になりますか?そのままでは、死んでしまいますよ。
ああ、それとも今日も。
「無理やり、入れて欲しい、のですか」
ヒクリと、腕の中の肢体が震え、その腕から逃げ出そうともがく。
その動きに、ヨロコビとカナシミを同時に感じながら、ヒトは言葉を落とす。
「逃げても、構いませんよ」
いいえ、どうか。
「逃げてください」
この部屋の結界を壊して。
ぴたりと、抵抗の動きが止まり。
腕の中の悪魔は、耐えられぬように、両手で顔を覆った。
「泣かないで」
「泣いて、ない」
「泣いて、いるでしょう」
「泣きたくても」
――― 泣けない。
そう言う悪魔の両手を掴んで、隠した顔を露にして、またヒトは口付ける。
深くなるそれは、今度は拒まれなかった。
◇◆◇
「あ、い・・・やぁ」
「こんなに濡らしているくせに、嘘吐きですね。貴方はいつも、いつも」
そう、いつも、嘘吐きだ。貴方は。だから。僕は。
「ち、がう」
「違いませんよ。ほら、僕の指を咥えこんで離さないくせに」
「や、やあっ」
浅く深く、宥めるように昂ぶらせるように触れながら、ヒトは悪魔の体を喰らう。
「彼女」をココに閉じ込めてから、何日経ったろう。
内からは簡易な結界を張っただけの、出ようと思えば、「彼女」なら、今すぐに出られる、この部屋。
「彼女」が深い法悦に達したその刹那だけ、他者の侵食に無防備になることに気付いたのは。
――― マグネタイトを受け入れてくれることに、気付いたのは。幸運だったのか、それとも。
故に、すぐに終わると思っていた、この幸福な時間は。長く、続き。
「彼女」を失わぬ為という大義名分で、ヒトは悪魔を陵辱し続ける。
「お、願い、ココから、出して」
「出てくれれば、いいです、よ」
簡単な、コトでしょう?
「お願い、結界、を解いて」
「壊して、くれれば、いい」
貴方なら、指一本で、できる。
「・・・どう、して。こんな、こと」
「どうして、でしょうね」
優しい貴方にはきっと永遠に分からないでしょう。
――― 今、僕がどれだけ幸せなのかを。
僕の事だけを憂えて、
僕の体だけを感じながら、
僕の為だけにココに居る貴方。
僕が生きている間は、絶対に貴方はココから逃げられない。
「ごめん、ね。ライドウ」
「・・・謝らないで、ください」
いつからか、気付いていた。
この悪魔は絶対に己のモノにはならない。
どんなに焦がれても、求めても、この無力な手は届かない。
――― 今そこに見えているのに、追っても追ってもたどりつかない虹の橋のように。
それでも。
太陽の悪戯で、うっかりと窓のプリズムから零れ落ちた虹の欠片を。
その刹那だけでも、この手の中に留めることは、できる。
――― 掴もうとした瞬間に、スルリと、指の外へと逃げてしまう、ソレだけれど。
「・・・ごめん」
「謝らないで」
貴方がこの手から零れ落ちるときに、僕は死ねる。
その喪失を知覚せずに消滅できることが。
――― どれだけ僕にとって、幸せか。
無理やりに、貴方を閉じ込めて、餓えさせて。
無理やりに、貴方を感じさせ、抱いている。
こんな酷い僕に、それでも、謝り続ける、そんな、優しすぎる、貴方には。きっと。
――― 永遠に分からない。