「・・・シュラ、殿?」

そぼ降る雨の向こうに佇む、淋しげな影。

見覚えのあるその美しい悪魔は、ゆっくりと彼の方に振り返った―――





――― 震えるその肩を抱いて、自室に迎え入れる。
ぱさり、バサリと落とされる服の、その濡れた音は、男の耳を侵す。


・・・恐らくは言葉など不要だった。

そうと分かっていても、悪魔は男に「すまない」と言い。男は悪魔に「何も言うな」と言った。


雨に冷えた悪魔の体は、男の腕で熱を生む。
同じ容を持つそれに愛されたのであろう身体は、その男の身体にもまたしくりと馴染んだ。


その手が、本当は誰の助けを求めて伸ばされたのか。
その声が、本当はどちらの名前の音を叫んだのか。
詮無いことを思う速さに追いつかれぬよう、男は悪魔を追い詰め続けた。



追いついたのは明け方。
一晩中、それを探しまわったと分かる(さま)で、もう一人の男は扉を叩く。


お前はまだ動くな、我は手加減などしなかった故と、労わりの言葉を残し。
夜着をはおった男はそのままの(たい)で、自らのカゲボウシに対峙する。


・・・恐らくは言葉など不要だった。

この男が、この甘い残り香に気付かぬわけも無い。


ギリと歯を噛み締めた一瞬の後、右手の小指から順にゆっくりと拳を握り締め、
「連れて帰れますか」と言った言葉は、「殺してやる」と同じ色の響きだった。


「まだ休んでいる」と返す言葉に、しばし逡巡し。
黙したまま、くるりと踵を返すその背中に、瑕を持つ男は言葉を投げる。

「もう はなしてやれ」




・・・恐らくは言葉など不要だった。

お前が離さぬ故、あの宝石は自分から瑕をつけにきたのだ。
お前が放さぬ故、あの鳥は自分から翼をひきちぎりにきたのだ。
お前に厭われるよう、憎まれるよう、わざわざ、我を選んで。


――― 我すら分かるそのことが、この男に分からぬはずはない。


ぴくりと、肩だけでその言葉に応え、そのまま黒い影は雨の中に消えた。



男が自室に戻ると、既にそこには誰も居なかった。
思ったとおりか、と寂しげに苦笑しながら、昨夜の名残を男は探す。


愚かな、優しい、哀しい悪魔。


あの男はその瑕故に、更にお前に執着するだろう。
あの男はお前の翼も脚も腕も全て引きちぎってでも、お前を閉じ込めるだろう。


――― 我すら願うそのことを、あの男が願わぬはずはない。


いつか、口付けられた顔の瑕に手をやりながら、男は悲しげに口角を上げた。







Ende


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