真円に輝く白い月が赤く染まる夜。 夜具に横たわった男は、ぼんやりと硝子窓の向こうを見ていた。 ――― 月の門が開くこんな夜は、優しい悪魔がやってくる。 ふわりと空気が動き、ああ、と男は目を瞑る。 今日もまた、来てくれたのだ、と喜びに心を震わせながら。 横たわる男に口をつけ、 悪魔はゆっくりと男を喰らっていく。 指も手も肘も腕も腋も、足も脚も肢も、目も鼻も口も喉も、背も胸も腹も、喰らう。 その手に触れられるだけで、狂いそうな その唇に口付けられれば、より深くと願うが、男は体を動かすことはできぬ。 その瞳を見たいと心はうるさく騒ぎ続けるが、男は目を開けることはできぬ。 声をあげ、舌を絡め、潤んだ瞳でこの悪魔を見つめた途端、 この浅ましい儚い夢が壊れてしまうことを男はよく知っていた。 やがて、己の、成り成りて成り余れるところに甘い息がかかると、 その優しい責め苦に耐えきれず、男は一筋の涙をこぼすが、 それさえ、悪魔は喰らってしまうのだ。 そうして、一口だけを残して彼の全てを喰らった悪魔は、傾いた月を金色の瞳に映し また、ゆっくりと、喰らったものを少しずつ男に返していく。 全てを喰らわれてしまいたいと希う男の望みを知らぬふりで。 乱れた裾も口付けの痕も放たれた精もこぼれた涙も何もかもが無に返されて。 また空気がふわりと動き、そしてゆるやかに止まった。 そして男はゆっくりと瞳を開く。 もう、硝子窓に月は見えない。
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