「何だ。アレは」
「しっ!人界から急遽、召集された助っ人らしい」
「ああ、カマエル様が大喜びされていた、アレか」
「まだ、若い、男、だな。二十歳過ぎ、といったあたりか」
「アレが人界最強の悪魔召喚師とはな」
ザワザワと騒ぐ有翼の生き物の中を、翼も持たぬ人は何の感慨も無く、歩む。
先導するのは、カマエル。
「まさか貴方がこちらに加勢してくださるとは!」
ああ、藁にも縋る思いで、お願いしに参った甲斐があったというもの。
思えば私をお連れになってアスタロトを討たれてから、もう何年になりましょうか。
更に強く、お美しくなられて・・・。
「カマエル」
「は、はい」
延々と続きそうな、浮かれた天使の饒舌さを人はとどめる。
「無駄口はいい。早く、総軍団長に、会わせろ」
迎え撃つ敵の位置は、近いのだろう?
既に戦闘態勢に入ったように、研ぎ澄まされた気を放つ、かつての主を見て。
「・・・御意」
と、カマエルは恭しく、その足元に跪いた。
◇◆◇
「貴方が、こちらに、加勢される、とは」
「意外か」
「率直に申し上げれば、意外に、過ぎます」
――― 我々が、貴方に何をお願いするか、分かっておられるのですか?
機械的、とも言えるその表情を人のように歪めて、総軍団長、メタトロンは問う。
「分かっているつもりだが」
「貴方は、それで、よろしいと」
「不満か?」
「・・・信用、できかねます」
ふ。やはりな。・・・では、信用できるように、してやろう。
「天軍に参入するにあたり、何の手土産も無しでは、失礼かと思ってな」
こちらに来るまでの駄賃に、一働きしておいた。
そう言って、男が天使の長に手渡した小箱の中には、どこかで、見た、小妖精の羽根。
これは、ピクシーの、羽根?
「これが、何か・・・」
! これは。あの、あの方の傍にずっと、居た。・・・あの方の、古き友、の。
「信用する気になったか」
「・・・はい」
「なら、私からも、条件が、ある」
お前達が私に依頼したいのは、アレの討伐だろう。
アレさえ居なければ、天と地の勢力図は完全に塗り換わるからな。
そのとおりです、と肯くメタトロンの声は固い。
その声を聞いて、人は心中で嘲笑う。お前もまた、アレに囚われたままの生き物か、と。
「その依頼、受けよう。ただし」
「ただし?」
「アレと戦う間、誰一人、私の邪魔をさせるな。足手まといになる」
(傷つけさせるものか、あの肌を。私以外の、何者にも)
「・・・承知しました」
それと。
――― アレの死体は、私がもらう。
「それは」
「信用できぬなら、確実に死んだことを確認してからでも、いい」
にこりと、微笑む美しい人を見て、最強の天使の背筋はぞくりと、音を立てた。
◇◆◇
では、出陣は明日早朝となりますので、それまで、ゆくりとなされてください。
微かに震える声を落として、メタトロンが去った後。
部屋に一人残された男は、シャラリ、と音を立てて、胸元から鎖を手繰り上げる。
鎖の先に輝くのは、虹の欠片。
その冷たい石に唇を寄せて、黒衣の男は嬉しげに愛しげに微笑む。
「待っていて、ください。シュラ」
もう、すぐ。
もうすぐ、貴方に逢える。
戦いに高揚し、冬の星のように熱く冷酷な光をその瞳に瞬かせる、一番、美しい貴方に。
「・・・長かった」
貴方を失ったままの時間が、私を狂わせた。
どんな形であっても、どんな犠牲を払っても、再び貴方に会えれば、それで、いいと。
ああ。最愛の親友を奪われた貴方は、今どれほどに怒り狂い嘆き悲しんでいることか。
あの、怒りに染まった美しい瞳を光らせて、私だけを憎んで、私だけを思って、いるかと思うと。
悦びでこの心が千切れてしまいそうだ。
「天にも、地にも、渡すものか」
貴方の、宝石のような瞳も芸術品のような肢体も目も口も鼻も腕も足も血も体液も何もかも。
その輝く魔力ごと、私が、手に、入れる。この手で、貴方の心の臓を貫いて。
「待っていて、ください」
もう戦わなくとも、苦しまなくとも、悲しまなくとも、嘆かなくとも、いいのですよ。
もうすぐ、私が
貴方を
助けてあげます、から
「愛して、いますよ、シュラ」
――― 殺して、しまいたい、ほどに。