悪魔召喚師の恋



ああ、刑事さん。どうか聞いてください。あの人は自殺なんかじゃありません。

殺されたんです。




「鳴海ちゃーん」
「ああ、風間刑事。お久しぶり」


私があの人と出会ったのは、我が家で行われた舞踏会の夜でした。 護衛役として来ていたあの人を見たとき、父から私の名を紹介されたあの人が、私の顔を驚いたようにご覧になって、 とても綺麗に、とても悲しく微笑まれたときに、ああ、私はもう生涯、この方しか愛せないと思ったのです。


「ちょっと、例の件でさぁ、助けてほしいんだけど」
「例の件って。・・・あれですか」


私は父に頼み込みました。あの人と添えないなら死ぬとまで言いました。
あの人が学生を兼ねて仕事をしていたところは、父の口が大層、利くところであったゆえに、
ほどなくあの人は私の良人となったのです。



「また、警察署にかけこんできちゃって、ね」
「和泉家の、薫お嬢さん、でしたよ、ね」


ええ。とても幸せでした。初めの間は。
だって、あのような美しい方と夫婦になれたのですから。私はもう有頂天でした。
良人はとても優しい人でした。
私のどのような我が侭もいつも笑って許してくれました。



「納得できないのは、わかるんだけどねぇ」
「まだ、自殺じゃない、って言ってるんですか」


でも、一月もしない内に、気づいたのです。
あの人の目が、私を見ていないことに。
私がどんな我が侭を言っても、ただ笑って許してくれるのは、
私には何の関心も無いからなのだと。



「そうなんだよねぇ。はぁ。これで何回目かなぁ」
「確か、5回目ぐらいですかね」


私は良人の様子を探るようになりました。きっと、他に好いた方が居られるのだと。
好いた方が居られるのに、無理やりに夫婦となった私のことを疎んでいるのだと。
・・・いいえ。いいえ。良人は私を疎んでさえいなかった。
良人の瞳に色が籠もるのは、ただ私の「名前」を音にするときだけでした。



「その度に、延々と・・・ねぇ。まぁ、綺麗だったもんねぇ、彼」
「・・・ホントに。罪作りなやつですね」


ある晩、思いつめた私は良人の部屋に行きました。すると中から不思議な会話が聞こえたのです。 『やはり、か』 「お前は、とうに分かっていただろう?もう今更、何をどうしようと無駄なのだと」
『だが、初めは』 「ああ。初めは愚かにも思ったな。・・・生まれ変わって来て、くれたのかと」
良人しか居ないはずの部屋から聞こえた別のモノの声に私はカッとなりました。



「しかも結婚して、たった2ヶ月?だよね」
「諦められないのも、無理も無い、ですか」


ソレは女の声ではありませんでした。
でもソレに返す良人の声はこれまで聞いたことが無いほどに、柔らかな親しげな。
それが恋情では無いにせよ、ソレが私以上に良人に心許されていることは明らかで。
私は激情のままに、良人の部屋のドアを開いたのです。



「でも、遺書も見つかったし。目撃情報もあるしねぇ」
「部屋も、中から鍵がかかってたんですよね」


少し驚いたようにこちらを見た良人は、すぐにいつものように微笑みました。
「どうしました?ノックもされないとは、貴女らしくもない」
私は周囲をうかがいました。でも、部屋の中には良人一人しかおりません。
あれは空耳だったのでしょうか。いいえ、そんなはずは。



「そうなんだよ。まあ、ひとつ不思議なことといえば」
「・・・何か、不審な点でも?」


よくよく見ると、カーテンが揺れています。風も無いのに。
ああ、こんなところに隠れて!この泥棒猫!!と思った私の目の前に現れたのは。
一匹の本物の黒い猫でした。そして、そのどこか哀れみを含んだような、緑の瞳を見たとき。
私は心の底から怒りと憎しみを覚えたのです。



「血がね」
「血?」


どうして、あんなことをしてしまったのか。今でも分かりません。
私は傍にあった果物かごからナイフを手にとって、その黒猫に切りかかりました。
おそらく、その猫さえ居なければ、良人は私だけのものになると。
いいえ、少なくとも私を憎んでくれると、思ったのでしょう。



「あの傷にしては、少なすぎるって。鑑識が」
「・・・心臓を、一突きでしたか?」


ナイフは黒いものに浅く突き刺さりました。でも、それは毛皮ではなく。布。
震えてナイフを離そうとする私の手を、血に染まった良人の手が強く握りました。
『この愚か者が』と黒猫が人の言葉をしゃべり、「ありがとう」と良人が私に微笑みました。
そして良人は私の手を握ったまま、ナイフを深く自分の身体に埋め込んだのです。



「うん。ぐっさりと」
「そう、ですか」


ああ、その後のことはよく覚えていないのです。恐ろしさのあまり、気を失ったのかもしれません。
気づくと、良人が自殺をしたのだと、皆が言うのです。お気の毒にと。 私がいくら言っても、誰も信じてくれないのです。部屋は中から鍵がかかっていたと、 その頃私が銀座で買い物をしているのを見た方が居られると!ああ、そんなはずが無いのです! あの人を殺したのは、私なのですから!!



「まあ、悪いけど。次来たときには、そっちの情報ももらえないかな」
「こっちの、ですか」
「だって、彼、結構 長いことそっちで働いていたでしょ。えーと、ライドウ君だっけ」
「ええ、ライドウ、でしたね」
「こう、心を慰めるようなさ、昔話とか、遺していったモノとかさ、そういうのがあれば」
「少しずつでも、癒されますかね」
「人は忘却ができる生き物だからねぇ。きっと、あのお嬢さんもいつかは、ね」
「そう、ですね」

じゃあ、よろしくね、と言い残して立ち去る刑事に手を振りながら、鳴海は溜息をつく。



・・・もしかしたら、って思ったんだけどね。
瞳の色以外、あの子にそっくりな、同じ名前を持つ、あのお嬢さんなら。
お前もあの子のことを忘れて、あの子の願いどおりに、人として幸せに生きていけるかなって。

多分、いや、きっと、あの子の縁続きの人、だっただろうに。・・・違う時空?でもさ。
式のときに居たもんね。お前と同い年の、彼、がさ。あの子が大オジって呼んでた、人が。
・・・そんな人を利用してまで、地獄に堕ちたかったのかよ。お前。

お嬢さんが銀座で目撃されてるってのも、どうせ、仲魔に擬態させたんだろう。
仲魔に命じて、気を失ったお嬢さんから血を拭い取り、部屋から運ばせ、着替えさせたんだろう。
後は、中から鍵をかけさせれば、誰が見ても「自殺」だ。他殺なんて考えようもない。

呆れるほど周到に。呆れるほど丁寧に。呆れるほど念には念を入れて。
自分を恨んでいる人間に「殺してもらえる」ように、うまく、やりやがって。
遺書なんて、一体いつから準備していたのやら。式のとき、とかだったら、本当にひでぇよな。

・・・あの子は、あんなに。哀しいほどに、お前を、想って。心配、して。
お前を人として幸せにするために、あんなに色々なモノを残していったのに。
それを。全部。無駄に。しやがって。

・・・でも、だからこそ。お前は、ずっと。忘れることも、できなかったんだな。





「人は忘却ができる生き物なんだってさ。ライドウ」


――― じゃあ。お前ってやつは、ホントに人でなし(・・・・)だな。







Ende


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偉大なる平井某様とEdgar Allan Poeに敬意を表して