はい。先代、葛葉ライドウ十四代目は僕の父です。

名は父がつけてくださいました。僕には名前すらありませんでしたから。
容貌のまったく変わらぬ父のことを、皆が恐れ敬っておりました。
…あの方の身には歳月すら触れられぬ。やはり神に愛された御方、だと。

不老不死、と言いましても。御本人は、ガラスのようなものだよ、と仰っておられました。
ええ。私も父に聞くまでは知らぬことでしたが。
ガラスは固体のように見えて実はそうでは無いのだ、とか。
本当は動いているのに、私たちの目から見れば止まっているように見えているだけだと。
ゆっくり、ゆっくりと動いているのだそうです。

でも、その。ガラスのような、という一言が今でも、僕にはとても父にふさわしい言葉に思えて。
あぁ、貴方もそう思われますか。
ええ、ええ、そうです。父は身も心も、とても透き通った、美しい方で。
触れれば汚してしまいそうで、カシャンと音を立てて割れて崩れ落ちてしまいそうで。
ふふ。考えれば、不思議ですね。あの方ほど強い方は居なかったというのに。

いずれにしても。神に愛された、という表現があの方ほど似つかわしい御方を。
僕は他に知りません。



◇◆◇




僕は、ご存知の通り、拾い子です。2歳ほどのときに、父に。
ああ、捨て子という言葉はけして使うなと、父から厳しく言われましたので、そのように。
・・・はい。少し眼の色が他の方とは異なりますので、異国の血が混じっておるやもしれません。

この眼の色か。もしくは人ならぬモノが見える見鬼の力か、何かが実の親に疎まれたのでしょう。
え。…いいえ。いいえ、実の親を怨んだりなどは、少しも。
だって、父に会えましたから。この力を活かして人様のお役にも立てるようになれましたし。

はい。僕は見鬼の力はございましたが、使役、は性に合わなかったようで。
何と申しましても、僕にとっては悪魔は兄弟や母のようなものでしたから。それを使う、などとは。
父が多忙なときは、父の喚んだ悪魔が僕の子守をしていたぐらいで。

ええ、今も傍に居ます。父が居なくなった後も、僕のことを心配して。
ああ。ふふ。大丈夫ですよ。悪魔が悪魔になるのは、悪魔のような人にだけですから。



◇◆◇




僕の、父は。あの方は。
賢く優しく美しく、全ての才に恵まれ、全ての神に愛されたような父は、けれど。
本当の意味ではとても孤独でした。山のような婚姻の申し出を一顧だにせず。いつも一人で。

僕がとても幼かった頃でしたか。何かを探しているのだ、と、仰っておられました。
大切な、大切な何かを無くしてしまったのだと。何を無くしたのかすら分からないのだと。

そのお声があまりに悲しかったからでしょうか。僕はうっかりと泣き出してしまって。
少し慌てたように、僕の髪を撫ぜながら、お前を見ていると思い出せる気がするよ、と。
僕の瞳を見つめながら、慰めてくださった父はその後、二度と僕にそのことを話されることはなく。

でも。赤い月が昇るとき。夕焼けが夜に飲まれていくとき。蛍が闇を飛び交うとき。
そんな、ふとした瞬間に、父はそのときと同じ瞳をされていて。
ああ、その大切な何かを、思っておられるのだと。
早くその無くした何かを、思い出されればいいのにと、そのたびに僕は思っておりました。

ええ。
思い出されればきっと父は、僕など置いてその大切なモノの所へ飛んでいかれることでしょうが、
あのような悲しいお顔を見るよりは、と、いつも、僕は。



◇◆◇




ええ。父が消えたのは、二年前の冬のことです。
いいえ。いいえ。そうではありません。恐らくは呼ばれたのです。何かに。
ちょうど、異国の言葉で不思議な依頼が届いておりました。たしか、独逸語だったと思います。
何かの門が開いたから、見に来て欲しいと、そのような、内容で。

何か思うところが父にはあったのでしょう。身辺を整理して、旅立っていかれて、そのまま。

いいえ。寂しくはありません。先ほども申し上げましたでしょう。僕の周りにはたくさんの。
ああ、ふふ。そのように怯えないでください。

たくさんの“人達”が支えてくださいますから、と。そう言いたかったのです。



そういえば、不思議なのです。僕は拾い子ですから、もちろん父にも、誰にも似ていないのに。
父に近しい方から、よく言われるのですよ。
「よく似ているね」と。

誰に?と尋ねても、皆、微笑むばかりで誰も答えてはくれないのですが。

貴方ならお分かりになりますか?
僕が誰に似ているのか。


あ。ああ。すみません。話に夢中になって、うっかりとお伝えせずに。

父がつけてくれた、僕の名前は、(カオル)と言います。



Ende



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後書きは、後日に