Logi








なあ、シュラ

・・・ん?

・・・オレじゃ、ダメか?








◇◆◇




地響きと共に伝わる、おぞましくも美しい魔力の暴走の音色に。
あるモノはうっとりと、ある者は震え慄いて、その刹那の快楽と憧憬と、恐怖に、酔う。

(やーっぱ、キやがったか。しっかし、よく我慢してたもんだぜ。
ケルベロスとクー・フーリンから聞いた様子じゃ、すぐにでも、と思ってたのによ)

尚も暴走をつづける波動に、中級以下の魔物は、魅了され、緊縛されたかのように動くことも出来ずに居る中を、紫の肌の魔王は、皮肉な笑みを口角に浮かべたまま、廊下を歩む。

(しっかし。今回の暴走はすげーな。
あの御方が施したシールドが無きゃ、今頃城ごとふっとんでるぜ)

ゾクリ、と金色の産毛が立つ。
それは、この後の。地獄の底で出会う地獄を夢見て。

「ロキ!」

扉の前に立つと、同じく駆けつけてきた、どこか青い顔の白い幻魔が呼び止める。

「おう。お前も来たか。けど・・・悪いが、今日はオレの番のはずだぜ」
「分かって、いる。だが、今回のこの主様の波動、では。一人では」
「おいおい。冗談ならともかく、3Pはお断りだぜ」

――― 目の前で他のヤツと絡むあいつを見たら、 いくらオレ様でも、どうなるか分からんぞ。

キン、と。
その台詞を聞いただけで、主から与えられた瞳の色を光らせる男を、ロキは面白そうに見やる。

「ほら、やーっぱ、お前だって"そう"だろうが。まだ、お前とは本気で殺しあいたくないぞ」

(・・・そう、まだ(・・)、な)

不穏な独り言を心中で落とし、主の部屋の扉を開こうとする魔王に。

「では、できるだけ近くで待機、している。・・・無理は、するな」
・・・すまない、と。未だ癒えぬ傷を庇ってもらったことを知る幻魔は、俯いて、告げる。

「ああ、頼む。・・・けど」
「けど?」
「・・・覗くなよ」

な、と。気色ばんだ友人に最上級の皮肉な笑みを残して、魔王は部屋の内へと姿を消した。

シュウシュウ、と音を立てるほどに、暴走し続ける魔力を迸らせる、赤い瞳の悪魔の部屋に。




◇◆◇






青い瞳の保護者が特別に防御壁(シールド)をしつらえた部屋の中央の寝台に座るソレは。

自分の身体から溢れて放散されていく美しい魔力を虚ろに見つめている。

パタリ、と閉まったドアの音に、顔を傾ける様子は、見た目だけならむしろ幼げ、だが。
ちろり、と。その妖艶すぎる瞳に射竦められた瞬間。
蛇に睨まれたカエルのように、己の身体が硬直するのを感じて、ロキは苦く笑う。

「・・・ロキ?来たんだ」
「ああ。今日は特別スゴイな。ご主人サマ。・・・でも、まだ、意識はあるんだな」
「少しだけ、だけどね。今にもトビそうで、コワい」

――― お前も怖かったら、逃げればいいよ。

残酷で優しいいたわりの混じる拒否の言葉は、この天邪鬼な魔王には睦言にしか聞こえない。

「冗談、だろ。オレがどれだけ待ってたと、思って、やがる」

きょとん、と見やる赤い瞳は、彼にとっては、かのブリーシンガメーンにも等しく。

(その瞳を光らせるお前を拒めるヤツが居たら、お目にかかりたいぜ)

呟く魔王の心も知らず、それでも残酷な主は念を押す。

「ホントにいいの?」
「くどいな。ご主人様」
ああ、あれか。こちらからお願いしなきゃ、ダメか?

「お願い?」
「『私を、抱いて、ください。ご主人様』・・・ってな」
それか、女性体になってからの方が、いいか?

冗談交じりの本音を垂れ流す魔王に、その身から溢れるモノの行き先に惑う悪魔は手を伸ばす。

寝台へと引き倒され、上からのしかかるその輝きを己の瞳に映して魔王は笑う。

「・・・じゃあ、ゴメン。今だけ、俺のものになって、ロキ」
これ以上、俺が狂っちゃわない、ように。

意識が既に飛びつつあることを明示する言葉を耳朶に聞きながら。

何を今更と、魔王は嗤った。

オレは、もう、ずっと、お前のモノだろうが。と。



でも。


――― お前は、いつも、オレのものじゃ、ない、けど、な。と。











◇◆◇















ロキ?
ああ?
この体勢、苦しく、ない?
いんや。
・・・そっか。それなら、いいけど。


暴走する魔力を注ぎ込み、再びバランスを取り戻した主はいたわるように言葉をかけ。
背中から抱き込むように、大事な主人に腕を絡みつかせる魔王は常に無く、言葉少なだ。


・・・ごめん。
何が?
ええっと。・・・やりすぎた?
いい。
でも。
・・・謝られる方が辛い。
そう?
そうだ。


落ちる沈黙は少し固く、それでも、どこか少し甘い。
抱きすくめられた身体を、困ったように捩じらせる主を、逃がすまいと腕の力は増す。


でも、さすがに、2,3日は休ませてくれよ。
・・・うん。ルイには俺から言っておくよ。
不在でも、分かっておられるって。わざわざ言わなくていい。
そう、か。そう、だね・・・。


少し舌足らずになる、主の声。
ヒュプノスがやってきやがったか、と思いながら、
ロキは腕の中にある、緑の光を伴う美しい鎖を巻きつけた肢体を愛しげに見る。


魔力が暴発したのも暴走したのも、理由は分かってる。
オレを抱きながら、コイツが口にした名前はオレのそれ、じゃなかった。

――― いつも、コイツを壊すのは、アイツだ。

ジリ、と身の内に起こるLogiを感じながら、昔の忌々しい記憶を揺り起こされて。
ロキの眉根は微かに、寄る。



なあ、シュラ
・・・ん?

・・・オレじゃ、ダメか?
・・・え?・・・なん・・・て?

沈みかけていた眠りの淵から、主は少し浮上する。
この天邪鬼な下僕の、珍しいほどの、悲しい音色に気付いて。

・・・いや。・・・ほら、お前、どうして、連れて帰らなかった?
何の、こと?

喰っちまいたいぐらいの相手に会ったんだろ?今回のも、そいつがきっかけ、だろ?
・・・。

シュラ?
・・・ダメだ。

あ?
アイツは、ダメだ。

なんで、だ?
アイツ、だろ。ルイが、俺の記憶、無くした、ヤツ。

ああ、そうだろうなぁ。なんで、分かった?
・・・俺さ。覚えてたんだ。どこか。どこかの、欠片で。

・・・それ、は。
ルイが、そんな穴、残すはずが無い。だろ?

つまり。
罠だよ。どっちを嵌めたかったのかは、分からないけど。・・・どっちもかもしれない、けど。

それでも、連れて帰りたかったんじゃ、ないのか。
・・・・・・。

シュラ?
・・・・・・なあ、ロキ。

何だ?
お前さ、分かってるんだろ。

何をだ。
俺がさ、この後、どうなるかって、こと。

・・・。
ずっと、知ってた、だろ。だから、優しかった。・・・違うか?

・・・。
俺だって、馬鹿じゃない。いいかげん、分かってる。

そうか。
だから、アイツは要らない。

・・・。
連れてきても不幸にしかならない。だろ?

でも、お前は、いつも、そうやって。
・・・ん?

何でもない。・・・疲れたから、寝るぞ。お前も寝ろ。
・・・うん。












どっちが、幸せなんだ、ろうな。
すぅ、と。柔らかな寝息を立て始めた主に、そっと布団をかけながら、ロキは思う。

こうやって、コイツの傍にずっと居ることのできる、オレ達と。
こうやって、コイツの心をずっとつかまえたままの、アイツと。

・・・どっちが、不幸なんだ、ろうな。








なんて、ホント柄にもねぇな。コイツに引きずられるにもほどがあるだろうに。

ふ、と。いつもの皮肉な笑いをやっと取り戻して、ロキは笑う。


ああ、今なら、オレは貴様に勝てるぞ、Logi。
オレと絡み合い、オレの腕の中に居ても、オレを見ないコイツを見ているとな。



皿まで喰っちまいたくなるぐらい欲しくて。
骨まで燃やし尽くしたくなるぐらい。







愛しいから、な。







Ende


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後書き反転

Auf Flügeln des Dämons 番外編 まさかの主ロキ。しかも乙女仕様かよw!
膨大な魔力がまだまだ安定していないので、暴走&暴発しています。シュラ様。
少しでも楽になるっつーことでロキとリンが交代でお傍に着くようです。良かったね!
(ウリはまだ天界。ウリが来た頃には安定してるので滅多にこういう機会は無い。気の毒に)

※ブリーシンガメーンは北欧神話のフレイヤという女神の首飾りの名前。
この首飾りをつけたこの女神様の魅力には誰も適わない、と言われています。
これを入手したときのお話も、ものすっごく興味深いんで、また機会を見て紹介します。

※ヒュプノスは眠りの神。某クチサケの塔のタナトスと兄弟。あっちは死の神。

※Logi(ロギ)は北欧神話でロキが大食い対決をして、負けた相手。
時間は同じだったのですが、Logiは皿や骨まですべて食べつくしたのでロキの負けということに。
しかし、Logiは実は全てを焼き尽くす「火」そのものだった、だから負けて当然、というオチ。