夜も更け候


むかしむかし、あるところに、美しい娘がおりました。
その娘は、見た目はとても美しかったのですが、大変な不精者でした。
 この娘もやがて年頃になって、ある侍の嫁になりました。
 夫が戦に出かけていった留守の間、この嫁は毎日、のんびりと暮らしていました。
 ところが、ある夜。とつぜん不思議なことがおこったのです。




筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社

「ラ、ライドウ・・・くん?」
「?・・・何か?所長」

電話の後に仕事を振ってくる以外に話しかけるなど。
それも「くん」づけで呼ぶなど珍しいと思いつつ、ライドウはこの役立たずな探偵所長を見る。

「あ、あの、さ」
「はい」

暫しの沈黙の後、いや、何でもないんだ、と黙り込む鳴海に、ライドウと黒猫は首を傾げた。



◇◆◇


「妙だな」
『うむ。妙だ』

ここのところ、どうも鳴海の様子がおかしい。
どこか、ビクビクとしている上に、体調も悪いようで、昼間っからウトウトと船を漕いでいる。
おまけに、何度かライドウに話しかけようとしては、止め。また話しかけようとしては止めを繰り返し、ようやくさっき、話しかけたと思ったら。

『悩み事でもあって、眠れないのか』
「・・・あの人の悩み事を、僕に相談して解決できるとも、思えないが」
どうせ、金の工面か女の揉め事か、と溜息をつくライドウに、ゴウトは先達らしき言を告げる。

『・・・だから、お前の得意分野の相談、ということでは無いか?』
「・・・なるほど」
何らかの怪異か。ならば、対応する必要はあるとライドウは思い直す。

『どうする』
「・・・」

『放置しておいても罰は当たらんぞ』
「そう、だな」

とりあえず、様子を伺ってみるか、と意見を合わせ、気苦労の多い探偵助手とそのお目付け役は
鳴海が「寝付けない」のであろう時間帯に、所長の部屋へと足を運んだ。



◇◆◇

ちんちん こばかま
よも ふけそうろう
おしずまれ おとのさま
やぁ とん とん


あ゛ー、困ったなー。何だよ、これ。
・・・一週間ぐらい前、枕元でなーんか。音がするなーと思ったら。

頭を抱える鳴海の前には、小指の半分ほどの、何十もの数の小さな男達が、歌いながら踊りを
踊っている。

初めは夢かなーと思ってたんだけど、どう考えても。
「現実、だよ、ね」
手を振り、足を上げ、珍妙な歌を歌う小さな男共は裃をつけ、大小の帯刀までしている。

「ちんちん こばかま〜って、何だ?」

♪ちんちん こばかま♪ よも ふけそうろう ♪ おしずまれ おとのさま ♪ やぁ とん とん♪
(私達はちんちんこばかまでございます。夜も更けました。おやすみなさい、お殿様)

そう、小さな男共は、歌っては踊り、踊っては歌い。
時々、ちらり、と鳴海の方を向いては、睨みつける。

「何だか、言い方だけは、丁寧だけど」
・・・こいつら、絶対俺に恨みを持って、嫌がらせしてやがる!!

「くそ!あっちへ行け! 寄るな!! 行けったら!!!」

でも、こいつら追い払っても逃げないし、捕まえようと思っても、よけるし。
そんでまた、ちんちん こばかま〜とかって、踊るんだよなー。はー疲れる。
怖いわ、眠れないわ、もーホント、いやんなる。

でも。
これって、これって、悪魔?妖怪?
・・・要は、化け物、だよ、ね。

ぞくり、としながら。
鳴海は後悔する。

やっぱり。相談、してみりゃ、良かった、かな。
アイツなら、何とかしてくれる、というか、専門家だよ、ね。

いやいや。でも、怪異専門探偵社の所長様である俺が、こんなことで助けてくれなんて。
しかも、アイツに。助けて、なんて。

口が裂けても。
言えやしない。



◇◆◇

ちんちん こばかま
よも ふけ そうろう
おしずまれ おとのさま
やぁ とん とん


鳴海の部屋の外から、そっと様子を伺っていたライドウとゴウトは、その歌を聞いて脱力する。

「・・・これは」
『ツクモガミだな』

・・・それも、ものすごく有名な。
コレが出るということは、とんでもなく無精者であると妖怪から太鼓判を捺されているようなモノだ。
ああ、情けない。仮にも怪異専門の探偵所長が。

『どうする、ライドウ』
放置していても害は少ないぞ。アレが睡眠不足になるだけだ。と、呆れた様子を隠しもしないゴウトの言葉にライドウは、しばし考え込み。

「行く」
『そうか』
と、ゴウトが返す間もなく、バタンとドアを開け。

え、と驚く鳴海の前で。

一閃。

退魔刀を抜くなり、ライドウは畳の上にその白刃を走らせる。

歌っていた男達の姿は、一瞬にして掻き消え、後には。
細い、何か、短い、棒のようなモノの山。

「・・え、何だ、これ?」
・・・つま、ようじ?

「使ったあと、畳の縁にでも突っ込んでいましたか?所長」
「・・・」

「次からは、きちんと折ってから、捨てられると、良いかと」
粗末な扱いをされたので、怒ったのですよ。

そう静かな声で語る助手に、半ば呆然と鳴海は言葉を返す。

「妻楊枝、でも、怒るんだ」
「そう、ですね。大切にしないと、どんなモノでも。いつかは」

言われて、鳴海はじっと、斬られてバラバラに散らばった楊枝を見つめる。

「・・・でも、さ」
「はい?」

――― これって、俺、コイツに、助けてもらった、んだよな。
でも、俺、コイツを、大切にしたこと、なんて、ない、のに。
なんで、コイツ、助けてくれたんだ?・・・なんで、俺のコト、怒らないんだ?
・・・楊枝でさえ、怒ったのに。

「所長?」
「あ、い、いや。何でもないんだ」
「そうですか、では」

ふ。と微かに笑って。

夜も更け候。
おやすみなさい。鳴海さん。

そう、言って、一礼をし。
踵を返す助手と、その後からふふん、とでも言いたげに鳴海を見やる黒猫を見送って。

パタンとドアが閉まり。

・・・遠ざかる彼の足音が、聞こえなくなってから。




「あり、がと。・・・ライドウ」

そう。
ポツリと。

無精者は、届かない言葉を、畳の上に、落とした。




Ende

ライドウ部屋top


後書きはツクモガミ紹介

ツクモガミ(九十九神・付喪神とも表記)
日本出身。全ての事象に「神」=「意識」が宿るという日本独特の考え方による霊的存在の総称。
一般的には、身近な事物が蔑ろにされることで恨みを持つ、というレベルのモノが多い。
ライドウ作品に個として出ているわけではないが、日本神道という立場から、関連性のある考え方
のはずなので紹介。ちなみに「ちんちんこばかま」は小泉八雲が山陰地方の怪異を集めて執筆した
「怪談」や、澁澤龍彦の「東西不思議物語」にも登場する有名なツクモガミ。
元歌は女性が対象なので、「おしずまれ、ひめぎみどの」。