筑土町 銀楼閣
鳴海探偵社
『・・・何か、我に用か?十四代目』
先程から延々と、ゴウトを凝視したままのライドウの熱い視線に我慢ができず。
黒猫は優秀な、しかし時々突拍子も無い行動に出る後継に疑問を投げる。
いや、と返すライドウは、それでもゴウトから目を離さない。
正確にはそのしなやかに動く足元、から。
何か変だな、とゴウトは首を傾げる。
川の傍を歩けば、泳ぐ魚に気を取られ。
屋根にとまる雀を見つけては、考え込むように停止し。
名も無き神社付近で大きな岩を見たときには、その周囲をぐるぐると回り。
「ラ、ライドウ、くん?」
そして、今度は。
カフェ代わりに珈琲を飲みに来たと思われるタエの顔をまじまじと、見つめている。
「おんや、ライドウ。タエちゃんを口説く気かな〜」
ようやっと真人間に近づいてきた鳴海のつっこみにも、いえ、そういうわけでは、と。
・・・そこは社交辞令でも何でも、少しは顔を赤くするなり動揺するなりしてやらんか!
と、猫が尻尾ではたいてやりたくなるほどの朴念仁ぶりは今日も絶好調だ。
そうかと思うと。
「あ、そうだ。鳴海さん、タエさん」
このあたりで熊が出るところって、知りませんか?
「「クマぁ?」」
・・・いきなりと言えばいきなりの話題転換だ。
い、いや〜、このあたりでは、無い、と思うよ。
そ、そうよね。・・・って、私はキチョウだって言ってるでしょ、ライドウ君!
何となく息の合った答えを返す二人を意に介することも無く、また何かを熟考する。
猫に魚に、岩。鳥に女に、熊、か。
・・・さっぱり、分からぬ。
十四代目の奇天烈な行動に慣れていた黒猫も、今回の謎の連想ゲームにはお手上げであった。
◇◆◇
数日後。
すっきりとした顔でライドウは、ヴィクトルのところへ行こうとゴウトを誘う。
答えが分かったから、仲魔にできるだろう、と嬉しげに。
見慣れた輝きの後に、のっそりと品さえ感じさせる動きでライドウの傍に寄ったその獣は。
流暢な響きで、答ヲ言エ、若キ悪魔召喚師ヨ、と。
白い牙を光らせながら、言った。
「・・・猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液。共通することは」
――― この世に存在せぬものだ。違うか?
そう、ライドウの返す答えに、フ、正解ダ。と満足そうに、誇り高き獣は笑う。
「「デハ、最後ニ、我ヲ服従サセルニ値スル、度量ヲ見セヨ」」
お前の利き腕を我の口に入れて見せろ、それができれば、我は僕に下ってやろう。
試すように瞳と牙を光らせる悪魔の言葉に、ゴウトはライドウを止めようとしたが。
その暇すらなく、分かった、と愚かな後継はその白い手を赤い口に差し入れる。
その余りの頓着の無さに、驚いたのはむしろ言い出した灰色狼。
グッグッと押し殺したような笑いを落とすと、ぺろり、とその主の白い手を舐め上げ。
「「・・・猫ノ足音、女ノ髭、岩ノ根、熊ノ腱、魚ノ息、鳥ノ唾液」」
おまけに、"悪魔召喚師の真心"まで、いただいてはな。
繋がらざるを得まい、と、感じ入ったように呟いて。
我はフェンリル。オーディンを呑み込むもの。
若き悪魔召喚師よ。ラグナロクに至るまで、我はお前に跪こう。
お前の敵は我の敵。お前の美しいグレイプニル※に繋がれて、全てを貪り食ってやろう。
そう、誓いの言葉を、滔々と、述べた。
◇◆◇
『では、フェンリルが出した問題であったのか』
無事にフェンリルを管へと入れ、銀楼閣への道を歩みながら、そうだ、とライドウは肯く。
「猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液。その共通することは、と」
難しかった、と満足げにつぶやくライドウを見ながら。
しかし、そんな質問を受けずとも今のライドウのレベルなら強制的に管に入れられるものを、と
思いつつも、ゴウトは納得し、彼を誇りに思う。
この、相手へ真摯に応えようとする彼の心が、あの誇り高き獣の真の忠誠を得たのであると。
『この世に存在しないもの、か』
"悪魔召喚師の真心"と付け加えられたことに、片腹痛い、と感じながら。
幸福な黒猫はこの得がたい後継のお目付け役であることに、この上も無く満足気な溜息をついた。