渦 4


「文字が、無いの?」
驚いたように、主は問う。

「無くは無い、のですが」
申し訳なさげに、下僕は答える。
あの文字は、我が故郷のモノとは言い難い、と思われますので。

「ふうん。でも、自分達の文字と言えるものがないのに、どうやって、話とか、残したり」

「口承、口伝えで。・・・ですから、多くが、淘汰されました。文字のある文化に」
――― 唯一神を頂く、かの宗教に。

・・・そっか。と呟く若き主は、見た目以上にその思考は深い。
暫しの黙考を経て、彼が放った命令は、忠実なる下僕に、戸惑いを渡す。

「じゃあ、何か、歌って。リン」
聞いたことがあるんだ。文字を残さない民は音を残すって。
その音は、文字を持つ民のそれよりも、遥かに魅力的で、けして淘汰されないって。

・・・そうおっしゃる、貴方の"音"こそが、私にとっては何よりも。
魅力的ですのに、と。

賢明なる下僕はしかし、自らの価値を滅多と認めようとしない主に、敢えてその賞賛は述べず。
では、お耳汚しでしょうが、と。柔らかな響きを作る。



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