瓦落苦多ばかりだ。
ヒトの作ったモノなんて。
「おい!車、止めろ!!」
「く、薫治様?」
戸惑う運転手を怒鳴りつけ、車から飛び降りて。
俺は慌てて、さっき"彼"を見かけた、いや、見かけたと思ったあたりへ走った。
やっと、会えたと思った。
"君"に、やっと、会えたと。
でも。
「や、っぱ。居ない、か」
せっかく、見つけたと、思った、のに。
夢、で見る少年。
にこやかで、優しくて、でも、どこか哀しげで。
夢の中で、俺は彼に何度も助けられて。
何度も彼の笑顔に、見蕩れた。
彼の助けになりたい、と願った。
「バカだな、俺」
あれは、夢、なのに。
本当に"彼"が居るはずなんて、ないのに。
「薫治ぼっちゃま!」
駐車可能なエリアまで行ってから、俺を追いかけて、きたのだろう。
お抱えの運転手が焦った様子で、俺を呼びながら駆け寄ってくる。
「いけません。お時間に遅れては、お父様に怒られます」
「・・・怒らせとけばいいんだ、あんな奴」
大企業、雑賀グループ総帥の一人息子。
それが、俺の肩書き。
幼いときから、俺の部屋には欲しくもない、高価な玩具の山。
物心付いた頃には、俺のポケットには使うことも無い、紙幣の束。
俺が、欲しいのは、物なんかじゃ、ない、のに。
ぼっちゃま、と困ったような顔をする運転手に、もう一度、呟く。
「モノさえ、与えてりゃ、ヒトが動くと思ってるような、あんな奴」
八つ当たりのように。
ポケットから財布を取り出して、放り投げる。
思ったよりも遠くに飛んだそれの向うには、一人の少年。
しまっ・・・!
「危ない!ぶつか・・・」
俺のその声が届くか届かない内に、彼はパシ、と、器用にその財布を受け止めて。
こちらを見て、にこり、と笑った。
――― "彼"だった。
(また、君と一緒に素敵なモノを見つけられたら、いいな)