坂はギヤチェンジをし損ねた車を、嘲笑うように私の前に立ち塞がり。
周りには若い野獣の群れが、あった。
「いや、助かったよ。本当にありがとう」
いきなり、バイクに乗った集団に取り囲まれ、襲われそうになった私を庇ってくれたのは、
通りすがりの、一人の少年だった。
大事になるのは、面倒ですから、と。
ニコリ、と笑った彼と同意見だった私は、彼を自宅へと連れてきた。
かかりつけの医者を呼び、手当てをさせる。
幸い、かすり傷で済んだようだ。
あの時は動転していたのか、もっと深い傷のように思ったが。
「あの、少年は君の知り合い、なのかい?」
よくは、分からないが。私を庇ってくれた、と同時に。彼を守ってやった、ように感じた。
警察を呼ばなかったのも、むしろ、彼の、為では、と。
「・・・いえ」
これから、知り合えたらいいな、と思っていますけど。
言いながら落とされた、曖昧な笑顔に、どこかゾクリ、とする。
こんな優しげな少年に、私は何を脅えているのだ。
あんな目に遭って、疲れているのだ、そうに、違いない。
思いながら、彼に忠告をする。
「君のような人が、あのような輩に関わるのは止したほうがいい」
そうだ。
いつも、傷つくのは被害に遭うのは我々、善良な一般市民なのだ。
規律を守り、世間体を守り、常識を守り、社会人としての体裁を整えて。
気を遣い、気を配り、周囲と足並みを乱さぬようにこんなに苦労しているのに。
ああいった、輩は、そんな我々の苦労など知らぬ気に傍若無人に振舞うのだ。振舞えるのだ。
何て、憎憎しいこと、だろう。
――― 何て、羨ましいこと、だろう。
え?
羨ましい?
わ、私は一体、何を今、考えて。
戸惑う私をどこかで見た笑顔で彼が見守る中。
バタン、とドアが開き。
「パパ!」と可愛い声が私の胸に飛び込んで、くる。
「こ、こら。お客人の前だぞ」
「だって!パパがケガしたって、聞いたから!!」
「私は無事だよ。この人が助けてくれたからね」
慌てて、娘が彼の方を見やる。同い年ぐらい、いや娘の方が少し幼いか。
にこ、と微笑む彼に、照れたように娘は礼と詫びを言う。
「でも、今度パパが危ない目に遭いそうな時は、私が庇ってあげる!」
今日だって、一緒に行くって言ってたのに、急に予定が変わったとか言って先に出かけて!!
ぷんぷんと怒る娘を、彼が優しく宥めてくれた。
「駄目だよ。たとえ、お父さんの為でも、君が傷ついたら、お父さんはとても、哀しむよ」
――― そう、とても。・・・とても、ね。
彼の落ち着いた優しい声に、お転婆なはずの娘が素直に、神妙に肯く。
彼は。いつも、そうだ。
目の前のことで手一杯のような風情で、実はとても高みから、全てを見ている。
そして、彼はまた、世界を再構築するのだ。
え?
今、私は何を考えて・・・。
一人で混乱する私を知らぬ気に娘が私の腕に抱きつく。
「パパ、大好き。絶対に怪我したりしないでね」
「だ、だから、お客人の前だぞ!」
気にしないでください、と唇だけで言ってくれる彼に、心から感謝をする。
ああ、何ていい少年なのだろう。
彼に出会えて、本当に、良かった。
今日はとても悪い日、だと思っていたけれど、実はとてもいい日だったようだ。
(そうやって、オレ達まで全部修復しようって腹かよ。テメェもホント物好きだナァ)