"B" is for BUGABOO. 〜BはBUGABOOのB〜



「「ブ、ブブー!」」
「なんだ。また、笑ってるのか。バガブー」
よく笑うようになったよなー。笑うと、けっこう、かわいいぜ。オマエ。

・・・・・・こんにちは、赤ちゃん♪ ・・・あなたの 笑顔♪

(((((((((・・・ブッ)))))))))

遠目にヒメネスとバガブーのやりとりを見ながら、ぽろっと口ずさむホクトのそれを聞いて、
周囲のクルーは既に腹筋崩壊による、床上悶絶の準備を始めている。


「「ブー・・・ヒ、ヒ・・・ネ、メス?」」
「あはは、違うって。バガブー。ヒ・メ・ネ・ス」
うああ、言えなかったぐらいで泣くなって。もう一回、言ってみな?ゆっくりで、いいからさ。

・・・・・・こんにちは 赤ちゃん♪ ・・・あなたの 泣き声♪

(((((((((・・・グッ・・・ウググ)))))))))


「「ブー。バッ、バガッ、ッブー」」
「おっと。パンチか?・・・へえ、オマエの手って、思ったより、結構小さいな」
ああ、分かった。でも手だとお互い怪我するといけないから、目で話そうぜ。あの時みたいにな。

・・・・・・そのちいさな手♪ ・・・つぶらな瞳♪

(((((((((・・・お、おれ、もうだめ。・・・私も・・・・っ。死ぬ、笑い死ぬ・・・!)))))))))


「「ブー!ヒ、ヒメ、ネス?」」
「おっ!!すげー!!!やったな、バガブー」
上手にオレの名前、言えたな!!ホント、オマエってかしこいヤツだよ、バガブー!!

・・・・・・はじめまして♪ ・・・わたしが ○○よ♪


「「「「「「「「「もう、やめて(くれ)ーっ、ホクトーッ!!!!」」」」」」」」


その、いきなりの男女混声大合唱の絶叫に。
ん?と、振り向いたヒメネスが見たのは。

床をバンバンしながら悶え苦しむクルーの中央で、きょとんとしている愛しの天然の立ち姿だった。




◇◆◇



「・・・で、今日はまた、何を」
「いや。お前とバガブーを見てたらな、ちょっと思い出して・・・」

と。さすがのホクトも当の本人を目の前に、あの歌詞をそのまま歌うのは憚られ。
確か、2番の要約なら問題は無いなと判断して、簡潔に説明をする。

「生まれてきた赤ちゃんに、だな。お前の生命(いのち)に未来に、 こんにちはって、親が語りかける歌
なんだ。お前の幸福が親達の希望(のぞみ) だから、どうか、元気に育ってくれ、と」

「・・・」


こんにちは 赤ちゃん あなたの生命(いのち)
こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に

この幸福が パパの希望(のぞみ)
はじめましてわたしが ママよ

ふたりだけの 愛のしるし
すこやかに美しく 育てといのる



少し沈黙した後に、なるほどな、いい歌だな、・・・オマエもそう思うよな、バガブー、と。
赤い悪魔の頭を撫でながら、小さく呟くヒメネスは、嬉しそうなのに、どこか、
・・・哀しげで。

薄々でしかないが、かの国におけるヒメネスのような人種の状況を多少は知る、ホクトもまた。
少し、沈黙した。


そんな二人の周りに、やっと腹筋が回復しつつあるクルーが集まってくる。

「最初はどうかと思ったけど、見慣れると可愛いわね、バガブー」
「そうだな。・・・うん。最初は名前からしてそのまんまかよ、とか、びびったけど」

まだ少しは遠巻きながらも、ヒメネスにもバガブーにも、親愛の情を持つクルーは増えているようで。
彼らを見る周囲の目は、当初よりもかなり温かいものに変化している。

だが。
「名前?そのまんま?・・・びびる?」
直球でホクトにその微妙な内容を尋ねられて、一瞬、その場が固まる。

「え・・・っと。あ、そうか、ホクトはジャパニーズだもんね」
「そっか。固有名詞扱いだから、バガブーってそのままの音しか情報無いよな」

何かを言いよどむ、周囲のその雰囲気に、更にホクトの疑問が深まる。

「何か、意味があるのか?バガブーに」
「・・・ああっと、さ。あくまで英語圏でそういう名詞があるって、だけだけど」

BUGABOO:〔いわれのない〕恐怖、〔付きまとう〕心配の種、〔恐怖の対象となる〕化け物

まだ“外に出たまま”のバガブーを気遣ったのか。
他のクルーから、こそっと、電子辞書で見せられたその表示内容に、さすがのホクトも固まった。




◇◆◇




「そっか。知らなかったのか、ホクト」
いや、お前がそんなことを、そんなに気にするとは思わなかったぜ、オレも。

二人の部屋に戻り。
茶化すようなノリでヒメネスがからかっても、ホクトは難しそうな顔を解除しない。

「あ。ああ、そうかー。オマエの国って確か、コトダ・・・何だっけ?」
「・・・言霊」
「そうそう。そういうのに拘りがあるって、言ってたな」

言葉に魂が篭ってるから、話す言葉には気を遣えってか?繊細だよなぁ。あのゼレーニン様のお国なんざ、自分の名前の意味すらまったく気にしないって聞いたぜ。・・・で、何かぁ?

「バガブーを、化け物化け物って、呼んでたと思って、落ち込んでるわけか?相棒?」
こくり、と肯くホクトに、それ言うならオレも一緒だろ、とヒメネスが突っ込んでも。

「それを分かっていて、使うのと。知らずに相手を傷つけているのでは、違う」
と。一向に浮上しない、愛しい天然の頑固者に、ヒメネスは、はぁと溜息をつき。

暫く、何かを考え込んだ、後。
「・・・ホクト。ベビーカー、詳しいか?」
と、問いかける。

「ベビーカー?」

とてもじゃないが、目の前の男から出そうに無い単語に、思わずホクトは顔を上げ。
いや、残念ながら、あまり。・・・ほとんど、知らないが、と答える。

だろうなぁ、と返すヒメネスの声は、優しい。

「知り合いがな、外国製のベビーカーを買いたいってんで、調べさせられたことがあるんだが」

バガブーって名前のベビーカー、あるらしいぜ?
・・・化け物って名前のベビーカーなのか?

驚愕するホクトに、ヒメネスはにやりと笑う。
「オレも驚いてさ、さすがに、ちょっと調べてみた」
そうしたら。

「オランダ語だったから、はっきりとしたことはいえないが、多分」

バガブーってのは、赤ん坊をあやすときの、言葉、みたいだぜ。

「ほら、英語でも、peek-a-boo(ピーカブー)って、あるだろ」
「ピーカブー・・・いないいないばぁ、か」

なるほど、と。少し、ホクトの罪悪感は軽くなる。
化け物、ではなく、いないいないばぁ、と彼をあやしていたというのなら、自分の心はその通りだと。

そう思いながら、ホクトは、ふと、このぶっきらぼうな男の、妙な優しさにも、気付く。

――― お前にとっても、そう、なんだな。ヒメネス。化け物、じゃなく、可愛い、赤ちゃん。
たしかに、お前がバガブーと呼ぶときの、その響きは。その言霊は、そうとしか聞こえない。

そして。せっかく浮上したと思ったのに。
また、黙ったまま、うつむいてしまったホクトに、少し焦ったヒメネスは。

ふいに顔を上げた、その天然が。

「やさしいな、ヒメネス」
と、とてもとてもきれいな笑顔を自分に放り投げるのを見て、更に、焦る。

(その笑顔は反則だろうが!この野郎!!何だその、キスしろと言わんばかりの甘い顔は!!)

そして、うっかりと彼の意思を離れ、思わず、衝動のままにホクトに伸びたヒメネスの手は。

「「ブー。ヒメネス。ブー。ヒメネス。ヤサシー」」
突然に、現れた、可愛い赤ちゃんに止められる。

ああ、バガブー。ヒメネスの名前を聞いて、出てきたのか。
オマエはほんとにかわいいな〜と、愛しのホクトにかいぐりかいぐりされるバガブーを見ながら。

「・・・」

ホクトに手を伸ばしたまま固まったヒメネスが脳裏に浮かべた文章は。
奇しくも例の歌の最後の部分と、同じだった。



こんにちは 赤ちゃん お願いがあるの
こんにちは 赤ちゃん 時々はパパと
ホラ ふたりだけの 静かな夜を
つくってほしいの おやすみなざい

おねがい 赤ちゃん

おやすみ赤ちゃん わたしがママよ






Ende

SJ部屋top





ヒメネス「オレがママか!」